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 紅は私に背を向けた。

 私の前で着物を脱げない理由はわかっている。


 背後から半着を脱がせると、細い体には胸の膨らみを隠すために晒しが巻いてあり、右肩には小さな黒子ほくろがあった。


 私は紅のために用意した着物を羽織らせ着付けをする。とんとんと肩を叩いて、閉じていた目を開けさせた。


「……こ、これは!?」


 青い着物に桃色の桜と黒い揚羽蝶をあしらった色鮮やかな打ち掛け。


(やはり……よう似合っておる)


「於濃の方様、おふざけはおやめ下さい。俺は男です。このようななりを誰かに見られたら……」


(人に見られたら、女だと知られてしまいますか?)


「お、於濃の方様!?」


(大きな声で騒がずともよい。お座りなさい。騒ぎ立てると、家臣に知れてしまいますよ)


 紅は観念し、打ち掛けを着たまま私を見つめた。私は紅の束ねた髪をほどき、長い黒髪に櫛を通す。


 形のいい唇に、赤いべにを差した。戸惑いながらも、頬をほんのり赤く染めた紅は、美しい姫君に見えた。


(ほんに美しい)


「於濃の方様、俺は……」


(何も言わずともよい。そなたが女であることはとうにわかっていました)


「……俺は」


(上様に寵愛されていることも、知っています)


「……そのようなことは、ただの噂話に過ぎませぬ」

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