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 私は光秀に手紙をしたためる。


 どうか……

 思い留まって下さい。


 どうか……。


 この煌びやかな鳥籠に隠り、羽ばたくことも忘れていたが、この私が、信長も光秀もそして我が子同然に育てた信忠も死なせはしない。


 紗紅……。

 あなたもきっと同じように、2人をお守りするために戦場で奮闘しているのでしょう。


 光秀への手紙を書き終え、多恵に託した。


(多恵、紅殿とお話がしとうございます。他の家臣には内密に、紅殿にここに参るようにと、伝えてはくれませぬか)


「紅殿でございますか?はい。それもご内密に、でございますね。この多恵にお任せ下さい」


 多恵は右手で拳を握り、自身の胸を叩いた。


 どんな時も、いつも私の傍にいてくれた多恵。どんなに感謝しても足りないくらい、心強き味方……。


 多恵がいたから、私はこの時代で生きてこれた……。


 (ありがとう。多恵)


 ――その夜、紅が秘かに私の部屋を訪れた。信長とともに合戦に明け暮れる日々。その肌は小麦色に焼け、神々しいほどに逞しき武将に見えた。


「於濃の方様、ご無沙汰しております」


(紅殿、息災でなによりじゃ)


「多恵やお付きの者はいないようですが」


(人払いをしたゆえ、誰もおりませぬ)


「於濃の方様、上様は明後日上洛するそうにございます」


(明後日……。そうであるか。紅殿、近う寄れ)


「はい」


(目を閉じては下さらぬか、紅殿に新しき着物をあつらえました)


「新しき着物でございますか?」


(早く目を閉じよ)


「……でも」


(わらわに背を向けてもよい。早くしなさい)


「……は、はい」

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