美濃side

135

 私は政治的なことには蚊帳の外。

 権力争いに巻き込まれることなく、多恵や侍女とともに安土城で穏やかに過ごす。


「於濃の方様、光秀殿が羽柴殿の援軍として備中高松城攻めに向かわれるそうにございますよ」


(光秀殿は徳川殿の接待役ではなかったのか?)


 情報通の多恵は、私の知らないことをあれこれと教えてくれる。それはよいことばかりではなく、信長の理不尽な行いをも、耳に入ることとなった。


「上様のお怒りに触れ、任を解かれたそうにございます」


 信長の怒りに……?

 それはきっと……、あの噂のせいに違いない。


 あの信長が再び私を受け入れた理由は、夫婦の愛情からではない。私の動向を家臣に見張らせるためだ。


「上様は近々安土城を離れ上洛されるそうにございます」


(……上洛?紅殿は?)


「紅殿と蘭丸殿はおともされるとか。手勢も少ないそうでございますが、あのお2人は上様にとって特別なお方でございますからね。片時もお側から離しませぬ」


(多恵、またそのような噂話を)


「申し訳ござりませぬ。美しき殿方ばかりお側におかれるため、そのような噂話が後を絶ちませぬ」


(そなたは織田家に仕える侍女なのですよ。口を慎みなさい)


「……はい。以後気をつけまする」


 多恵は情報通だが、私と光秀のことは誰にも口外していない。寧ろ、私達は多恵に守られている。敵に寝返り、主君に謀反を起こす戦国の世で、多恵の忠義は信長の家臣よりも勝っている。


(多恵、硯と筆をここへ……)


「文を書かれるのですか?」


(光秀殿が出立される前に、秘かに文を渡してはくれぬか)


「光秀殿に……。誰にも知られぬように、でございますね。畏まりました。この多恵にお任せ下さい」


 多恵は私の目を見つめ、力強く頷いた。

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