133

「平手殿には敵いませぬな。於濃の方様を悲しませることは致しませぬ。直ぐさま挙兵の準備を致します。では、これにて失礼つまります」


「明智殿、ありがとうございます!」


 あたしは立ち去る光秀に深々と頭を下げた。


 これで……

 光秀の怒りを鎮めることができた。

 

 座敷に戻り蘭丸を呼びつけ、先ほどの振る舞いを注意する。


「蘭丸、明智殿に対する無礼は何事ぞ」


「されど、わたくしは上様の身をお守りするが役目。上様に刃向かう者はたとえどなたであろうと、阻止致します」


 信長に忠義を尽くす蘭丸は、いかなる武将をも恐れない。まるで、昔のあたしのように。信長のためなら命をも投げ出すだろう。


 あたしがいなくなっても、蘭丸がいれば信長も安泰だ……。


「もうよい。暫く上様と2人にしてくれぬか。誰も部屋に入れるでない。よいな」


「はい」


 襖を閉め、あたしは信長に視線を向ける。信長は口角を引き上げ、あたしを見据えた。


「紅、そのような怖い顔をするでない。美人が台無しだぞ」


「上様、そのようなおふざけはお止め下さい。どうして明智殿に対して理不尽な態度ばかりとられるのですか」


「理不尽とな?主君に対する暴言。それに主君の正室を寝取ることは、理不尽ではないのか」


「……やはり、於濃の方様のことで、あのような仕打ちを……」


「本来ならば、不義密通の罪で切腹、お家断絶。紅が望むなら、そうしてもよいのだぞ」


「上様!」


「紅、わしがと思うておるのか」


「……えっ?」


 信長は立ち上がり、あたしに歩み寄る。

 鼓動がトクトクと早まる。


「帰蝶は蝮の姫君にあらず」


「……上様!?」


 信長は何を言ってるの?


「帰蝶が嫁いだ時より、わしが気付かぬと思うたか。帰蝶は斎藤道三の娘、濃姫ではない。あの蝮のやりそうなことよ。わしに身代わりを輿入れさせてまでも、織田家との和睦を企んだのだからな」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る