124

 ――その時、突然襖が開いた。

 そこには羽柴秀吉はしばひでよしが立っていた。秀吉は私達が抱きあっている姿を目の当たりにし、目を見開いた。


「これは、これは……。明智殿が於濃の方様にお目通りしていると伺い、ご挨拶にと参上つかまつりましたが、お邪魔でしたな……」


「こ、これは違いまする。誤解されるでない!」


 光秀は狼狽え、声を荒げた。


「明智殿ほどのお方が狼狽されるでない。上様のご正室であられる於濃の方様にそのような振る舞い、ご乱心にもほどがありまする。このことは上様には申しませぬゆえ、すぐにお引き取り下さい」


「わかり申した。於濃の方様、失礼つかまつりました。達者で過ごされよ」


 光秀は顔を伏せ立ち上がり、私に視線を向けることなく立ち去った。


 秀吉は私を見つめ不敵な笑みを浮かべた。悪意に満ちたその眼差しに、背筋も凍る。多恵が部屋に戻り、秀吉はそのまま無言で立ち去る。


「帰蝶様、どうされたのですか?羽柴殿と何やら揉め事でも?」


(多恵……。光秀殿と寄り添っていたところを羽柴殿に見られたのじゃ)


「なんと……!?」


(疾しいことはしておらぬ。光秀殿とお別れをしていただけじゃ。それなのに誤解を招いたようじゃ……)


「上様のお耳に入れば……恐ろしいことが起きましょう」


 多恵の言葉に胸騒ぎがした。

 光秀の言葉に嘘偽りはないはず。

 私の軽はずみな行動が、光秀を窮地に追い込むことになるなんて……。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る