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 秀吉はあたしの腕を掴む。


「……痛い」


「これはこれは女のようにか弱い声でございますな。お主は髭も生えておらず、肌もすべすべときめ細かい。体つきも華奢で、何年経っても歳を取らずまるで少年のようじゃ。物の怪より不老不死を手に入れたのではないかとの噂が蔓延しておるが、ほんに噂どおりじゃ」


 秀吉に腕を掴まれ、悪夢が蘇る。

 信勝に襲われた時と同じ恐怖が体を支配し、思わず声を荒げた。


「羽柴殿!離さぬか!」


「お主は長年、殿のお側に仕えていたとか。殿は男色で、寵愛を受けていたとの噂はまことであるか?もしや殿が物の怪やもしれぬな」


「ええい!離せ!これ以上、殿を侮辱するならば、羽柴殿でも容赦せぬぞ!」


 あたしは秀吉の手を振り払い刀を掴む。

 秀吉もまた刀を構えた。


「騒々しいな。猿、何ごとだ」


 救護所に信長が姿を現す。信長の姿を目の当たりにした秀吉は、態度を豹変させ信長に平伏した。


「殿、平手殿の怪我の具合を見ておっただけにございます。ちと荒療治をし、平手殿が女のような悲鳴を上げただけのこと」


「紅が悲鳴じゃと?」


「いえ、いえ、それがしの聞き間違いじゃ。平手殿は剣術の達人でござる。女のような声を出されるはずはない。失礼つかまつりました」


 秀吉は皮肉を言い放ち、そそくさとその場を立ち去った。信長は鋭い眼差しで、あたしを睨み付けている。


「その腕を見せてみよ」


 信長はあたしの腕を掴み、傷を確認し手当てした。


「殿、家臣の俺になど構わないで下さい」


「噂が気になるのか?そんな噂はほっておけ。紅、この傷では大刀は振るえぬ。足手纏いになるだけだ。馬を飛ばし清洲城に帰還せよ」


「何を申されますか。俺はどこまでも殿におとも致します」


 信長はあたしの傷口を掴んだ。

 傷口が開き血が滲む。腕に激痛が走り思わず蹲る。


「……うっ、何をなさいます」


「この腕で敵と戦えると思うか。傷口が化膿すれば腕を斬り落とすことになるやもしれぬのだぞ」


「……俺はまだ戦えます!殿の楯になると決めたんだ。おめおめと清洲城には戻れませぬ!」


「ならぬ!まだわからぬのか!わしは紅を死なせとうはないのだ!」


 救護所には数名の怪我人がいたが、信長は周囲の目を気にすることなく、そう言い放った。

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