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「わしが帰蝶を抱くと思っていたのか?帰蝶はわしを慕ってはおらぬ。帰蝶がわしに眼差しを向けたとて、その心は別の男に向いておる」


「……殿」


「寂しいことよ。天下の武将が正室の心も掴めぬとは」


 わしは立ち上がり、紅に近付く。

 紅を両手で抱き上げ、その愛らしい唇に口づけをした。


「……おろして、お願い」


「奇妙丸が起きるであろう。騒ぐでない」


 紅を布団の上に下ろし、袴の帯をほどく。半着を脱がせると、右肩に小さな黒子ほくろが見えた。


 その黒子に唇を這わせると、小さな喘ぎ声が漏れた。


「同じところに黒子があるとは。なんとも奇遇なことよのう」


「……同じところ?」


「帰蝶も右肩に小さな黒子がある。知らなかったのか」


「……於濃の方様に黒子が」


 紅は呆然とし、わしを見つめた。

 何をそんなに驚いている?

 黒子の一つや二つ、同じところにあったとて珍しくはないだろう。


 わしは紅の唇を奪い、舌を絡める。

 男の殻を脱ぎ捨てた美しい裸体は、夜の闇を舞う蝶の如く、しなやかな体を揺らした。


 ――1561年(永禄4年)

“斎藤義龍が急死し、斎藤家の分裂が始まった。1564年には北近江国の浅井長政あざいながまさと同盟を結び、妹おいちを長政の元に輿入れさせた。”


 ――1566年(永禄9年)

吉乃が3人の子を残し、小牧御殿にて死亡した。


 形だけの正室を持ち、愛する紅との子を持つことも許されず、織田家の世継ぎをもうけるために迎えた側室ではあったが、吉乃はその務めを果たし3人の子を生み、わしの荒んだ気持ちを和ませてくれた。


 『紅は男なのだ』と己に言い聞かせ、紅への想いを断ち切るために、一時は吉乃や他の側室に溺れた時もあったが、他の女に溺れるほどに、紅への想いは深まり心は虚しさに包まれた。


 わしが心より愛した女は、紅、お前だけだ。


 ――紅と肌を重ねながら、ふと……不思議なことに気付く。


 歳を重ねても、紅はその美しい容姿が衰えることはなく、まるで出逢った頃のまま時が止まったかのようだった。


 そして奇妙なことに、帰蝶もまたその美しい容姿は歳とともに衰えることはなかった。






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