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 ――その夜、光秀は私を抱かなかった。

 信長の元に戻ると決めた私を、抱くことは出来なかったのだろう。


 私も……

 光秀に抱かれてしまえば、この決心は揺らいでしまう。


 私達は縁側で手を繋ぎ、寄り添いながら夜を明かした。


「明日、駕籠を用意致します。於濃の方様とともに清州城に出向き、於濃の方様の身を守るために、明智城から救い出し匿っていたと正直に話します」


 帰蝶という名ではなく、於濃の方と呼ぶ光秀に、その決意を垣間見る。


 勘の鋭い信長のことだ。

 どんなに嘘を並べ演じたとしても、私と光秀の関係を見抜き、激高し自刃に追い込むかも知れない。


(光秀殿、それは危のうございます。わらわは多恵と2人で清州城に戻ります)


「されど於濃の方様が一人で明智城から落ち延びたとは、誰も信じぬであろう。織田信長殿は必ずや嘘を見抜くはず。嘘を申しては、辻褄が合わなくなりまする」


(されど、わらわのことは……)


「於濃の方様がこの光秀と情を交わしていたことを知れば、織田信長殿は於濃の方様を手打ちにしてしまうやも。織田信長殿と刺し違えても、それだけは断じてさせませぬ」


(そのような恐ろしいこと……。わらわはこの屋敷で、身を隠しておっただけ。光秀殿と男女の交わりはない。それでよいですね)


 ゆっくりと唇を動かすと、光秀は唇に指をあて、口話を封じ込めた。


「もう……話さずともよい。全てわしに任せるのじゃ」


 光秀は私を抱きしめ、別れのキスを落とした。

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