美濃side
96
明智城から落ち延びた私は、光秀に与えられた小さな屋敷で、ひっそりと暮らしていた。
その屋敷に光秀は頻繁に足を運び、長い時を過ごすようになったが、永住することはなかった。
世間知らずの私は、光秀と情を交わすようになり、光秀には長年連れ添った妻と子があることを知る。
光秀は妻子の存在を隠していたことを詫びたが、私は光秀を責めることはしなかった。
私に光秀を責める資格はなかったからだ。
私は織田信長の正室。
身分を偽っているものの、夫のある身。
(頭を上げて下さい。どうか、奥方様の元にお戻り下さい)
「帰蝶……。織田家の家臣が帰蝶が落ち延びたことを薄々感付いておる。あまり長居をしては、この屋敷のことを気付かれるやもしれぬ。一緒にいてやれぬが、許してくれ」
(……はい)
私は妻子のもとに帰る光秀を見送る。強がってはいるものの、胸中は寂しくてたまらなかった。
――それから数年の時が流れた。
明智城で離れ離れとなっていた多恵が、光秀を通じて私の元へと訪ねてきた。
「帰蝶様!?ああ、よくぞ……ご無事で……!」
多恵は私の手を取り号泣した。
(多恵こそ、よくぞ無事で。息災であったか)
「はい。明智城を命からがら逃げ延び、織田家に舞い戻り、吉乃様の侍女として奉公しておりましたが、帰蝶様が生きておられるのではないかとのお噂を聞き、お暇をいただき明智光秀殿の元を尋ねた次第でございます」
(わらわが生きておると……)
「はい。明智城にてご遺体が発見されなかったゆえ、織田家の家臣が躍起になって、帰蝶様を捜しております」
(……そうか)
「実は、御殿様の側室であられる吉乃様が徳姫様出産後、産後の肥立ちが悪く、御殿様は自ら生駒屋敷に赴き、小牧御殿に移り住まわせ足繁く見舞っておられます」
私は側室である吉乃が重症であると聞き、心が痛んだ。
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