紗紅side

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 斎藤道三の死により、政略結婚の意味を果たさなくなった帰蝶は、信長により明智城へと返されたが、明智城は斎藤義龍軍に攻め落とされ、帰蝶も明智一族と共に自害したとの知らせが入る。


「於濃の方様が…自害!?」


 清洲城にそのまま留まっていれば、戦いに巻き込まれることはなかったのに。


 あたしは帰蝶の死を知り、悔しくてならなかった。信長は言葉には出さなかったけれど、悲しげな眼差しで月を見上げた。


 信長が帰蝶を明智城へと帰したには理由がある。不器用な信長の優しさからだ。


 側室を迎えいずれお世継ぎが生まれた時に、帰蝶が辛い想いをしないようにとの気遣いからに違いない。


 あたしは信長が信勝を殺害したあの日から、家臣の前では感情を押し殺し、信長同様、鬼となった。


 信長の子を生むのは女である側室の役目。あたしは男として、信長の楯となる。


 信長の側室である吉乃は、信長の子を懐妊し出産を控えていた。


 あたしは信長に寵愛されるものの、乱世にタイムスリップしたショックから月経は止まり、妊娠することはなかった。


 女であることを捨て男として生きる決意を固めたあたしは、信長の子を生めなくても、悲しくはなかった。


 弘治3年、吉乃は待望のお世継ぎを出産する。それを期に信長は吉乃の元に通いつめるようになった。


 殺伐とした戦国の世に生まれ落ちた小さな命が、鬼と化した信長の心を、人の心に戻してくれた。


「殿、明智城にて自害と伝えられた於濃の方様のご遺体は発見されなかったそうでございます」


「帰蝶の遺体が発見されなかったとな?」


「於濃の方様は密かに明智城を抜け出し、落ち延びたのではないかと……」


 家臣の間ではそのような噂話が飛び交い、信長は憤慨するでもなく、安堵の表情を浮かべた。


 あたしもその噂話が、真実であることを祈らずにはいられなかった。





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