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「ずっと……お慕いしておりました」
(光秀殿……)
光秀の気持ちを知り……
熱いものが胸に込み上げる。
ずっと……
心に秘めていた想いを、光秀の腕の中で解き放つ。
(……嬉しゅうございます)
――その夜、私は……
自分の心のままに、光秀と共に一夜を過ごした。
信長を拒み続けた頑なな心が、光秀の腕の中で氷のように溶けていく。
蛹の殻を破り、縮まった羽を広げるように。私は蝶となり、光秀の愛を受け入れた。
光秀の優しいキスに、涙が溢れて止まらなかった。
男性と交わることは、恐怖や苦痛ではなく女の悦びであることを、光秀が教えてくれた……。
「まさか……信長殿とは一度も?」
私は光秀の腕の中で、小さく頷く。
(あなた様だけを……お慕い申しておりました)
「帰蝶……」
光秀の優しいキスに、吐息が漏れる。
このままこの戦国の世で、死んでもいいとさえ思えた。
月夜の下で蛍と戯れる蝶のように、私の身も心もゆらゆらと揺れる。
――翌朝、私は心の内を文にしたためた。
光秀は私を背後から抱き締め、その文を覗き込む。
【わらわを光秀殿の侍女として、仕えさせて下さい。名を改め、身分を改め、あなた様のお側において下さい】
「帰蝶を侍女になどできぬ。そなたは仮にも織田信長の正室……」
【もはや織田信長殿には離縁されたも同然。わらわは明智城で死んだのです。織田信長殿や斎藤義龍殿に生きていることを知られてはならぬ存在です】
光秀は黙って文を読み、私にキスをした。
――その後、『於濃の方は明智城で明智光安と運命を共にし自害した』との噂が流れ、帰蝶は死亡したと織田家に伝えられた。
私は武家の娘の身形をし、髪を結い身を隠す。
光秀はその後、武田氏を頼りのちに越前国の朝倉義景に仕えた。
私は光秀の正室でも側室でもなく、一人の女性としてひっそりと過ごした。
――私はこの時代に存在しない架空の人間。
そう思うことで、万が一、織田信長の耳に入り不義密通で斬り殺されたとしても、誰も悲しみはしない。
私がここで死んでも、未来はなにもかも変わりはしないのだから。
ただひとつ……気がかりなのは……。
清州城で別れた紅のこと。
紅が合戦で命を落としてはいないだろうか……。
病気になっていないだろうか……。
気性の激しい信長のこと。
紅の心が傷付いてはいないだろうか……。
紅の右肩にあった黒子が、私の意識を撹乱させる。
紅は男性であると思いたかったが、美しい鎖骨と黒子が目に焼き付いて離れず、紗紅ではないかとの疑念を消し去ることは出来なかった。
――帰蝶の名を捨て、身を隠していても信長が謀反を起こした信勝を殺めたことが耳に入り、信長の非情さに体が震えた。
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