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あたしは信長の命令で、信勝に文を書いた。信長が病に伏せていると嘘をつき、信勝を清州城に呼び寄せた。
信勝はその文を読み、清州城に駆けつけた。信長に会わせる前に、あたしは信勝と2人だけで話をする。
織田家のために、何としてでも2人の蟠りを拭い去らなければならない。
「これは平手殿。お主の噂は兄上に仕える家臣より聞いておりますぞ。小さな体だが剣術はめっぽう強く、兄上を負かしかねぬほどの腕前とか。一度お手合わせ願いたいものだ」
「俺など、とんでもございません」
「お主は長きにわたり姉上様の護衛として仕えておったとか。それにも拘わらず、兄上が突如解任し、片時も離さず側に置いておるには、何ぞわけがあるのであろうと、もっぱらの噂でござる」
信勝は口角を引き上げニヤリと笑った。
「信勝殿、それは初耳でございりますな。どのような噂でございますか?」
「兄上は昔から女には目がないお方だ。それなのに正室である姉上様には手も触れず、その噂を打ち消すために、側室を迎えたそうな」
「……なにが言いたいのだ」
「兄上は女では飽き足らず、男にうつつを抜かしていると皆が申しておるのだ」
「な、なんと……」
「1人の男を側に仕えさせ、昼夜問わず片時も離さず情を通じておるとか……。深夜、兄上の寝所で2つの影が絡み合うのを見た者がおるのだ」
「……っ」
「それは、女よりもよい声で鳴くそうじゃ。平手殿は平手政秀の縁者にしては、美しき殿方。肌の色艶もよく髭もござらぬ。むさ苦しい男の匂いではなく、馨しい匂いがする。
兄上が思わず手をつけてしまうのもわかる気がするのう」
信勝はゴクリと咽を鳴らし、あたしに躙り寄る。亀のように首を伸ばし、顔を近付けあたしのうなじの匂いを、クンクン嗅いだ。
「眩暈がするほど、よい匂いでござる」
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