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 この頃から、帰蝶に変化が現れた。

 あたしの前で、自ら筆を持ち紙に文字を書くようになった。


 紙の上に書かれた流れるような美しい草書は、達筆過ぎてあたしには読めない漢字もある。あたしも姉も小学生の頃書道教室に通ったことはあるが、楷書しか書けない。


 この頃になると織田家に仕える二十代の家臣は、すでに嫁を迎え子供がいる者も多い。本来ならばあたしも歳を重ね結婚してもおかしくない年齢になっているはずだが、実際は十六歳のままで何も変わってはいない。


【紅殿は妻をめとらぬのですか?お慕い申すお方がいるのなら、わらわが力にまりましょう】


 帰蝶との筆談、あたしは首を左右に振る。お慕いしているお方は、決して口にしてはいけない相手だから。


「紅殿は帰蝶様を慕われておるのでしょう?紅殿は優しきお方、端整な顔立ちをしておられる。美しき殿方じゃと評判でございます。帰蝶様と並ぶとほんにお似合いでございますなぁ」


 多恵の余計な一言に、帰蝶は困り顔をした。帰蝶は8年前と変わらぬ、眩いほどの美しさで微笑む。


「バカなことを申すな。俺が於濃の方様をお慕いするはずはない。俺は於濃の方様の護衛だ」


 向きになるあたし。

 あたしが想いを寄せる相手は、帰蝶であるはずはないのだから……。


「紅殿のお気持ちは多恵が一番よーくわかっておりまする。されど帰蝶様だけは無理でございますなぁ。なんならこの多恵が、嫁になって差しあげましょうか?」


「それだけは断る。多恵は煩そうてかなわぬ」


「冗談でございますよ」


 多恵はあたしをからかい、クツクツと笑う。


 廊下で侍女の声がした。


「於濃の方様、御殿様がお越しでございます」


 侍女の言葉に、帰蝶の表情に緊張が走る。突如姿を現した信長に、あたしの鼓動はトクトクと音を早めた。

 

 ――8年前、まだ少年の面影を残していた大うつけが、今は逞しい戦国武将になっていた。


「殿、どうなされました?」


「紅、久しぶりだな。女の中にいては、せっかくの腕も鈍るであろう。たまにはわしと勝負しないか?」


「殿と……勝負でございますか?これは面白い」


 信長があたしに木刀を差し出す。

 裸足のまま庭に出て、木刀を打ち鳴らし信長と睨み合う。


 信長の真剣な眼差しにトクンと鼓動が跳ねた。



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