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「何故抱かぬとな?ガタガタと体を震わせ、目に涙を溜めておる女をお主は抱けるのか?わしにはそのようなことは出来ぬ。蝮の子ゆえ、したたかな姫君であろうと思っておったが、帰蝶は臆病でか弱い女だ」


 信長の意外な言動に驚きを隠せない。

 信長は女に対しても非情で、鬼畜であると思っていたからだ。


「信長様が於濃の方様のお心を労るとは、随分お優しいのですね。それでは子をなせぬではありませぬか」


「女は子をなす道具ではない。乱暴に組み伏せ抱くことは、わしの意に反する。それでは美しい声で鳴けぬであろう。

 だが、このことが斎藤道三の耳に入れば、騒ぎになりかねぬ。斎藤家より仕えておる侍女にも悟られてはならぬ。

 それゆえ、わしも策を講じたのだ。暫くは紅の部屋で世話になる。よいな」


 は?

 あたしの部屋で世話になる?

 意味がわからない?


 えっ……!?

 一組の布団で、夜な夜な信長と寝ろと!?


「そ、そ、それはなりませぬ!断じて断る!於濃の方様を抱かぬとも、寝所で過ごして下され!」


「お主は女の気持ちがわからぬのか。さては、まだ女を知らぬな?」


「……っ」


 あたしは女だ。

 女の気持ちは重々わかっている。


「ならば教えてやろう。同じ床にやすみ、夫婦めおとであるにも拘わらず、男と通じることが出来ぬほどの屈辱はあるまい。わしとて、同じ床に寝ておればいつまで我慢出来るかわからぬであろう」


 ていうか、言ってることが支離滅裂だ。

 嫌がる女が抱けないなら、ずっと我慢してろ。


「それとこれは話しは別だ。俺がどうして信長様と同じ布団で寝ないといけねーんだよ!」


 つい、素に戻り声を荒げる。


「同じ布団が意に添わぬなら、お主は畳の上で寝ればよい」


「はぁ?」


「さてと、そろそろ寝所に戻るとしよう。侍女に悟られぬようにな」


 信長はあたしの部屋を出ると、帰蝶の待つ寝所へと戻り、さも夜を共にしたようなしたり顔で、帰蝶と共に朝食を食べた。

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