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 右手を上に向け、家臣に顔を上げるように促す。


くれない、於濃の方様にご挨拶を」


「平手紅と申します。於濃の方様の護衛を務めさせて頂きます」


 顔を上げた殿方の顔が……

 紗紅にとてもよく似ていて、思わず目を見開いた。


 紗紅がこの時代にいるはずはない。

 紅は男性だ。しかも平手政秀の縁者、織田家に仕える武士。


 他人のそら似……。


(宜しくお願い申し上げまする)


 紅は私の顔をマジマジと見つめ、言葉を詰まらせた。


「……は、はい」


「たわけ、於濃の方様に見とれるでない!」


 平手に叱咤され、紅は口を尖らせた。


「申し訳ございません。於濃の方様があまりにもお美しいゆえ、つい目を奪われてしまいました」


 紅の言葉に、多恵は目をつりあげる。


「平手紅殿、帰蝶様に目を奪われるとは何事じゃ。まさか心まで奪われてはおらぬであろうな。帰蝶様は御殿様の正室であらせられるぞ」


「これはこれは、斎藤家に仕える侍女は威勢の良いこと。この紅が於濃の方様に心を奪われることなど、決してござらぬゆえ、ご安心下され」


 平手の言葉に、多恵はまだ不満げだ。


 紗紅によく似た殿方。

 私はそれだけで、挫けそうな心が和んだ。


 殺伐とした戦国の世にタイムスリップし、懐かしい家族に逢えたような錯覚に陥った。

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