61

 ――その日の午後、多恵と部屋で過ごしていると、信長の傅役である平手政秀が、若い家臣とともに部屋に入ってきた。


 私と同じくらいの年齢だろうか、髷ではなく長い髪を一つに束ねている。体格も男性にしては華奢だ。


於濃おのうの方様、失礼つかまつります。昨夜はよく眠れましたか?おや、信長様の姿が見えぬようじゃが、こちらではなかったようじゃな」


 返答に困っていると、侍女の多恵が代弁してくれた。


「平手殿、御殿様は昨夜帰蝶様と床を共にされてはおりませぬ」


 多恵の言葉に、平手は眉をしかめた。


「なんと……」


 多恵は鬼の首でも捕ったかのように、したり顔だ。


 平手は「やれやれ」と、大きな溜息を吐き、私に頭を下げた。


「信長様の無礼をお許し下され。ここに控えし家臣は、平手紅と申す。わしの縁者じゃ。多少風変わりではござりますが、剣の腕は天下一。織田の家臣で紅に敵う者はおりませぬ。この者を於濃の方様の護衛としてお側に仕えさせます」


「若き殿方を帰蝶様のお側につけるなどとは、なんと不謹慎な」


「この者は信頼厚き家臣でございます。於濃の方様は信長様の正室。くせ者がお命を狙っておるやも知れませぬ。女だけでは、心もとない。これは信長様が決めたこと。紅はきっとお役に立てることでしょう」


「御殿様が……?されど……」


 小鼻を膨らませ反論している多恵の肩を叩き、小さく頷く。


(よいのじゃ)


「帰蝶様、されど殿方でございますよ。しかも、髷も結わず浪人のような形をしておる。このような者は信用出来ませぬ」


 私は多恵に(大丈夫です)と微笑みかける。平手の後ろに隠れるように、畳に手をつき頭を下げている若い家臣に視線を向けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る