紗紅side

53

くれない殿、参りました」


「もう降参か?意気地のない奴め!次!」


「宜しくお願いします」


 城の中庭で、あたしは竹刀を振りかざす。織田家の家臣である若い武士を相手に勝負するが、今まで一度も負けたことはない。


 この世界で、あたしを負かした武将はただ一人。


 織田信長だ。


 竹刀を打ち鳴らす音が中庭に響くが、竹刀は相手の腹部に食い込み、ほんの数分で勝負はついた。


「紅殿、参りました」


「口ほどにもない奴め」


 あたしは手拭いで汗を拭う。

 この1年、男として過ごしてきたあたしを織田の家臣は微塵も疑うことはない。


 あたしはこの城に住み、衣食を与えられ、信長と行動を共にしている。あたしの名前は平手紅ひらてくれない。事情を知らない織田家の家臣には、平手の縁者だと伝えられている。


 平手に学問や剣術を習い、武士としての心構えや言葉使いを習得し、多少は武士らしく振る舞うことが出来るようになったと自画自賛している。


 若い武士を一網打尽とし、庭に横たわる者達を見下ろす。女に負けるとは、本当に情けない。


「紅、貴様はほんに負け知らずだな。わしの目に狂いはなかったようだ」


 不意に声を掛けられ、思わず振り返る。


「これは信長様。滅相もございませぬ」


「久しぶりに勝負してみないか?」


 織田信長、15歳。

 あたしとの勝負に負け庭で倒れていた者達が、あたふたと地面に座りその少年に平伏す。


 あたしよりも年下だが、一国の城主だけあって、生まれ持つ風格とその気迫は、成人した大人のようでもあり、この尾張国を牛耳る独裁者といっても過言ではない。

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