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私は身分も年齢も偽り、まだ少年の信長と……。
この私が帰蝶に成り切り、信長と夫婦を演じることが出来るのだろうか。
不安はあったが、『美濃という女は、今ここで死んだと思え』と、光秀に言われたことを心に刻み、運命に従った。
◇
――それから1年。
私は声を失ったまま、帰蝶として過ごす。
私が帰蝶に面会することは許されなかったが、1年経っても帰蝶の容態はすぐれず床に伏せていると、小見の方から聞いた。
明智光秀は歴史書とはイメージが異なり、勤勉でとても誠実な男性だった。
信長のように激しい気性ではなく、その穏やかな人柄に、私の頑なな心が次第にほだされていく。
帰蝶として織田信長に嫁ぐより、この城で光秀とともに過ごしていたいとさえ思った。
――1549年(天文18年)
「帰蝶、織田信長との婚儀の日取りが整った。輿入れの用意を致すゆえ、その心積もりでいるように」
婚儀の日取りが……
決まった……。
斎藤道三の言葉に、私の気持ちは大きく揺らいだ。同席していた光秀が私を見つめた。光秀と視線が重なり、鼓動がトクンと跳ねた。
「何かあらば、この短刀で織田信長と刺し違えよ」
斎藤道三に渡された短刀。
斎藤家の家紋が入っている。
――もう……
光秀には逢えない。
そう思うと、一抹の不安に襲われた。
「この1年、そなたを見てきましたが、立ち振る舞いは帰蝶そのものじゃ。わらわとて、帰蝶と見間違うほど。織田信長も帰蝶の身代わりとは気付かぬでしょう。大儀であったな」
(小見の方様……)
小見の方の優しい眼差しに、胸に熱いものがこみ上げる。
1年間、小見の方が母であると心に刻み暮らしてきた。過酷な戦国の世で、斎藤道三も小見の方も、私にはかけがえのない家族だった。
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