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「殿、妙案みょうあんでございますね。この女子おなごは、ほんに帰蝶に良く似ておりまする。和睦のため、不本意ながら帰蝶の輿入れを承諾致しましたが、織田には嫁がせとうございませぬ。じゃが……この者が口を開けばすぐに身代わりだと知れてしまうのでは……」


「この者は話せぬゆえ、心配無用だ」


「なんと、話せぬとな?わかり申した。すぐに湯に浸け、帰蝶の寝所で休ませまする。今宵より、この者を帰蝶とし、光秀に指南させましょう」


「あとは小見と光秀に任せだぞ」


「はい」


「美濃、このことを他言したならば、わしはそなたを斬り殺す。帰蝶の身代わりとなり、織田信長に嫁ぐのだ。よいな」


 声を上げたくて口を開くものの、一言も発することが出来ず、涙が溢れる。


(私にはそのような大それたことは出来ません。お願いです。やめてください)


 これが、悪夢でも死後の世界でもなく、現実であるならば……


 私がいる世界は……

 戦国の世……!?


 私はタイムスリップしたの?

 現世から、戦国時代に……!?


 そんな非現実的なことがあり得るのだろうか。


 タイムスリップは、ドラマや映画、書物で描かれているフィクションだと思っていた。


 ◇


 ――その夜、風呂に連れて行かれた私は、小見の方の目前で身につけていた制服や下着を脱ぐよう命じられた。小見の方は制服を両手で持ち上げ、まじまじと見つめる。


「ほんに変わった着物じゃのう」


 体に残る打撲痕と太股に残る血痕……。

 辛い現実が蘇り体が震えた。


「豊かで美しい乳房じゃ。この体なら信長も文句あるまい。体のあちこちに打撲の痕があるが、どうしたのじゃ。可哀想に、男に手込めにされたのか?このような短い布を腰に巻き、殿方の前で素足を曝け出しておるからじゃ。

 そなたが生娘であろうがなかろうが、わらわには関係のないこと。帰蝶も一度嫁いでおる。今回の婚儀は再嫁さいかゆえ、なんら問題はない」


 小見の方は私の裸体を見つめ、手で隠すことを禁じた。痛む体で湯船に浸かり、風呂から出ると白絹の寝間着ねまきを着せられ、髪もおすべらかしに整えられ、帰蝶が平生使用していた座敷に案内された。


「ここは帰蝶の寝所じゃ。帰蝶が今も大病を患い離れの床に伏せていることは、侍女や家臣に告げるつもりはない。

 今宵、帰蝶は病により声を失ったが、奇跡的に回復したのじゃ」


 小見の方は鋭い眼差しで私を見つめた。

 その眼差しに、娘を必死で守ろうとする母親の強い決意を感じた。


「近いうちに光秀を城に呼び、そなたのことを話しまする。このことは、殿とわらわと、そなたと光秀だけが知る密約じゃ。殿が申したとおり、他言すれば命はないと思いなされ。わらわも今宵よりそなたを『帰蝶』と呼びまする。このことは家臣や侍女にも漏らすでないぞ。よいな」


(……はい)


 私は小見の方の言葉にコクンと頷いた。

 現世からただ1人、戦国の世にタイムスリップしたのなら、生き延びるためにはその運命を受け入れるしかなかった。

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