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 私にはまだ状況が理解出来ずにいた。まるでタイムスリップしたかのように、目の前には髷を結い、羽織袴の城主が座っている。


 これは……

 夢だ……。


 現実ではない。


「わしの名は斎藤道三さいとうどうさん。そなたの名は何と申す。わが国は日本国、そなたは異国の人間か?わしの言葉が理解出来るのか?」


 私はコクンと頷いた。


「言葉は通じておるのだな。口が聞けぬのか?」


 私は口を開くが息が漏れるだけで、声を発することが出来ない。


「文字は書けるのか?」


 私はコクンと頷いた。


 城主は墨の入った硯と筆を私の目の前に置いた。私は正座し震える指で筆を握る。筆に墨を含ませ半紙に自分の名『斎藤美濃』と書いた。


斎藤美濃さいとうみのとな?南蛮人ではないのか。わしと同じ苗字とな?はて、縁者にそのような者はおらぬが。年は幾つだ?」


 私は半紙の上で、筆を走らせた。


「17とな。ふむ、帰蝶よりは年上であるが……。これも神のおぼし召しやもしれぬ。美濃とやら、わしに着いて来るがよい」


(はい)


 私は城主の言葉に頷き、その後ろに続く。城主は離れの座敷へと私を通した。座敷の中央には布団が敷かれ、青白い顔をした少女が眠っていた。


「き、帰蝶きちょう……!?」


 少女の傍らに座っていた女性が、私の顔を見て目を見開き、怯えたように声を上げた。


「その者は生き霊か……」


小見おみ、狼狽えるでない。この者は帰蝶ではない。斎藤美濃と申す者だ」


「……斎藤美濃とな?殿、帰蝶が……帰蝶が……」


 女性は城主に縋り付き、少女の容態が悪化したことを告げる。


 少女の唇は紫色となり呼吸も浅く、重い病気におかされているように見えた。


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