35

 異人は弱っているようにも見えたが、家臣に激しく抵抗した。


「小僧!小癪な!」


 家臣は木の枝を振り回し歯向かう異人を捕らえ縛り上げ、荷のように肩に担ぎ馬に乗せた。


 異人は口を手拭いで封じられてもなお、その鋭い眼光で我らを捕らえた。


 ――粉雪の舞う、寒き夜。

 異人が蹲っていた雪の上には、赤き血が白い雪をくれないに染める。


 月明かりの下、馬を走らせ古渡城へと戻る。


「信長様、こんな夜分に何処へ行かれておったのじゃ!」


 城に戻るなり、平手政秀ひらてまさひでがわしを叱咤する。平手は織田家の次席家老、幼き頃からの傅役もりやく(教育係)だ。


「深夜にそう声を荒げるでない。山でたいそう面白い生き物を拾ってな。南蛮の異人か、はたまた物の怪か、男か女か、人間か獣か、それもわからぬ」


「戯けたことを。そんなものが雪の降り積もる真冬の山中におるはずはなかろう。話をすり替えるでない」


 平手はムスッとし、わしを睨みつける。


「あの者をここへ」


 家臣は馬から異人を担ぎ上げ、座敷へと転がした。燈籠を手にしていた平手は、異人に灯りを近づけ眉をひそめた。


 灯りの下で見る異人は、奇妙な生き物のようだった。


「なんと奇抜な身形をしておるのだ。我らの言葉がこの者に通じるのか?」


「さて、どうであろう。縄をほどいてやるが、暴れるでないぞ。暴れるとそなたの手や足がなくなるやも知れぬ」


 鞘から刀を抜き、異人の顔に近づけると、怯えた眼差しで刃先を見つめた。


 異人を縛っている縄を切る。拘束を解かれた異人は、怪我をした足を庇いながらも瞬時に立ち上がり身構えた。


 足から流れ出る赤き血が、座敷を朱に染める。


 わしは刀を異人の鼻先に突きつけ、ジリジリと歩み寄る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る