12

 『さく』とは、あたしではなく元恋人……。


 どうして……

 そんなに苦しそうな顔をしているの。


 どうして……

 そんなに辛そうな顔をしているの。


 彼女の身代わりでもいい。

 信也の苦悩を、あたしが取り除いてあげる。


 あたしは自分から、信也を求めた。


「……もっと……強く抱いて」


 あたしの心が壊れてもいい。

 これで信也の心が救われるなら。


 あたしを抱きしめたまま、信也の動きは止まった。夜の闇に包まれともに果て、信也はあたしの胸に倒れ込む。


 あたしは信也を両手で抱きしめる。

 強いと思っていた男の弱さを見せつけられ、抱き締めることしかできなかった。


 信也はうっすらと目を見開き、あたしの顔を見た。自分が抱いた女が元恋人ではなかったと気づき、信也は少し悲しそうな目であたしを見つめ、あたしの右肩にある小さな黒子ほくろに優しいキスを落とした。


「信也……お願いがあるの。暫く泊めて欲しいの」


「本当に帰らないつもりか?」


「あんな家、二度と帰りたくないんだ」


「学校はどうすんだよ」


「学校も行かない。仕事探して自立する。信也みたいに住み込みの仕事探すよ」


「紗紅、シャワー浴びて服を着ろ。アパートまで送るよ」


 信也はあたしを突き放すようにベッドに座り、煙草をくわえた。


 『彼女の身代わりでもいい』なんて、嘘っぱちだ。


 『心が壊れてもいい』なんて、嘘っぱちだ。


 ――本当は……

 あたしだけを見て欲しかった。

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