10

 信也の唇があたしの唇を塞いだ。

 不意打ちのキスに、あたしは持っていた本を床に落とす。パラパラとページが捲れ織田信長の姿絵が現れる。


 大きな手があたしの前髪を掻き上げ、息もつけないほどの激しいキスに動揺している。


「……っ、信也」


「ごめん。俺、暴走したみたいだな。カップラーメンしかないけど、食うか?」


 信也はあたしから離れ、床に落ちた本を拾うと、本棚の上に無造作に置いた。


「……うん。ねぇ、信也。居酒屋でのことなんだけど。あざみって、月華げっかの総長だよね?」


「ああ、そうだよ」


さくって、誰なの?」


 カップラーメンにお湯を注いでいた信也の眼差しが、一瞬鋭くなる。


 カップラーメンの蓋をし、煙草ケースから煙草を取り出し口にくわえたが、火を点けずそのまま灰皿に置いた。


さくはあざみの姉だ。俺と付き合っていた」


「……信也の彼女」


さくはもういないよ。2年前に死んだんだ。暴走族の乱闘に巻き込まれた」


「……信也」


龍刃連合りゅうじんれんごうと対立する暴走族に絡まれ、俺を狙った族の鉄パイプが彼女の頭部にあたり、脳挫傷で死んでしまったんだ。彼女は普通の女子高生だった。俺と付き合わなければ死ぬことはなかったんだ。さくを殺したのは……俺だよ」


 苦悩に満ちた顔……。

 あたしは信也に抱き着く。


 信也が抱えている心の闇。

 その消せない過去に、今も苦しんでいる。


「だから……族を引退したのね」


「そうだよ。紗紅、お前ももうやめろ。もう誰も失いたくない」


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