第5話

 台風一過のためなのか、晴天の秋の空は、夏日を思い出したかの如く燦々と日差しを地表に降り注いでいた。衣替え期間をとうに終え、中学生である俺は学校側から冬服の着用を強制されているわけだが、今現在は厚手の上着を鞄の中に押し込み、長袖のシャツを腕まくりにして、はしたなく胸元は第二ボタンまで開けていた。

 昨日の晩吟が発した寝言なのか判断に困る言葉を鵜呑みにし、俺は駅に来ていた。地元中学校に通う俺にとって駅に馴染みはない。平日は当然学校だし、休日も電車を利用する遠出をすることもない。

この駅は三階が下り電車のホーム、二階が上り電車のホームになっていて、中二階に改札、一階に小さなショッピング・モールがある高架駅。俺は吟の勧めにより高架駅一階のファミレスを訪れている。吟が座ってゆっくり話したいことがあるということらしい。

 吟は昨夜寝入るときの言葉を覚えているらしい。正確にはうろ覚えではあるが、前々から今年の俺の誕生日は駅前に待ち合わせしようと決めていたらしい。どうしてまたと思うが、何か重大なイベントが用意されているのだろうと何となく推測していた。まさか吟からの誕生日プレゼントがあんな出来事に発展するとは……と期待するのは俺が中二病だからだろうか。まあ年相応だから良しとしよう。

「そんなに遠慮することないのに。誕生日なんだし、お姉さんがなんでも好きなもの奢ってあげるよ」

 吟は氷を大量投入し周囲の飽和水蒸気量を変化させた結果できたコップの水滴に触れることなく、ストローだけでオレンジジュースを口に含む。自然に前屈みになった姿勢で俺を見詰めているため上目遣いになっている。

「いいよ。例え誕生日でも美味しいもん飲み食いしたことを撫子にバレたらうるさそうだし。それにファミレスで二人っきりで祝う誕生日もなんだか……な、さみしいもんあるしな」

俺は水だけ入っているコップを握りしめている。一応目の前に吟と同様大量の氷の入ったオレンジジュースが置かれているわけだが、ドリンクバーの料金を支払う予定がない俺がそれに手を付けるのは躊躇われた。

「それで話って何? 誕生日でおめでたい奴に人生相談か? 幸せ分けろって魂胆か? とんでもなく図々しいな」

 十五といっても誕生日が巡ってくることにまだまだ嬉しさが募る年頃である。そんな日に横槍を入れようなどと、失礼にも甚だしい。なんて奴だ。

「いや、別に人生相談ってわけじゃないし、もしそうだとしてもご飯奢りでチャラじゃない? それを蹴った上で図々しいと言っても……」

「なるほど、吟は俺の誕生日を祝うつもりは無いと」

「……ッあーもー、めんどくせえ! つべこべいってんじゃねえ! 殴るぞ」

 吟は口からストローを吐き出し握り拳を作りながら立ち上がった。

 吟は昔っから困ったら手が出る。俺が吟を茶化したときの毎度お馴染みのオチである。その癖は高校生になっても変わらない。

「いいから黙ってお姉さんの話聞け! ガキ」

 吟は拳を解き席に座り直す。

「ちゃんと大和の誕生日を祝うつもりだよ。話ってのは渡すプレゼントについて詳しく説明する必要があるから」

 説明がいるようなものをプレゼントとして渡すつもりなのかコイツ。一体どんな物を繰り出してくるんだ?

 そう疑問に思っていると吟は自分の学生鞄から無地の四角いケースを取り出し、テーブルに置く。そのケースは俺にとってとても見慣れた物であった。

 それはトレーディング・ガードゲームのデッキケースだった。

 吟は鞄を脇に退かし俺に渡そうともう一度ケースを掴もうとしたところで、

「お待たせしました」

 ウェイトレスさんが営業スマイルをしながら注文の品を手に抱えてやって来た。

「彼女のです」

 俺は右手を吟に向ける。ウェイトレスさんは笑顔のまま吟の前に皿を置く。吟が注文したのはこの店の定番メニューであるドリアだった。

「えーと……」

「食べなよ。冷めちゃうよ」

 吟は「悪いね」と一礼し、ドリアに手を付ける。ドリアの仄かなチーズの香りが鼻腔を通り抜け食欲を刺激するが、そんなことが気にならないくらい気になるものがあった。吟の傍らに置かれたデッキケースである。

 中身はカードか? あんなケースにしまうくらいだからトレーディングガードの類だと思うが。また俺にやらせようとしているのか? 引退したばかりなのに。何考えているんだこいつは。

「吟、その……ケースの中身、見ていいか?」

 俺はデッキケースを注視しながらドリアを頬張る吟に尋ねる。吟は食べながら頷き、俺は吟の傍らに置かれたデッキケースを手に取る。中身を開けたところで悪寒が走った。

「なんだ、これは?」

 思わず声に出てしまった。しかしその声は小さく夢中で食事する吟には届かなかったみたいだ。

 手にしているカードは、表面は至って普通、世に溢れるトレーディングガードと同じように上半分にカードの顔とも言えるイラストが、下半分にはそのカードの能力などの説明文が書かれていた。普通でないのは裏面、なんていえばいいのかわからないが、幾何学模様のような絵柄か描かれている。しかもそれらを構成するのは図形ではなく一つ一つが達筆の文字になっていて、どこか呪的な印象を受ける。

「……御札……?」

 そう思ってしまうと不気味さは増幅し、俺はカードの束をテーブルに置いた。さっと見たところではカード全てに同じ絵柄が描かれていて、それが五十枚、六十枚、もしくはそれ以上、一般的なトレーディング・カードゲームであれば一つのデッキを組むことができるほどの枚数がそこにはあった。俺は霊や呪いなどの類は信じていない人間だが、それっぽいものを直に触れれば否応なく拒否反応が出てしまう。このカードの裏面の模様はもはや幾何学ではなく非科学の部類だと、思えてならなかった。

「それ『ジオマンシー』ていうの」

 吟はドリアを食べ終え、テーブルの隅に置かれた紙ナプキンを一枚取りそれで口元を拭きながら言う。

「それは、運勢を賭けるカードゲームなんだ」

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オカルティックカードゲーム 浅沼紅 @F40128

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