第25話 デリミタ少年


 年齢は私と同じくらいでしょうか。肌の血色が灰色に近くて、まるで死人のようです。その男の子の左右に広げた腕には、無数の枝やいばらのようなものが巻きついています。その姿はまるで、十字架にはりつけられているかのようでした。


「デリミタ君! あなたがデリミタ君?」


 私の呼びかけに、少年が俯かせていた頭をゆっくりと持ち上げます。


 そのとき突然、私を背負っていたアグラさんが横へと飛びのきました。と同時に、爆発音のようなものが鳴り響きました。


 先程立っていた地面に、丸太のようなものが突き刺さっています。突き刺さった丸太が、まるで地面に潜っていく蛇のように蠢いています。


 ストラツさんやオライウォンさんも、それぞれ違う方向へと逃げのびていました。


「デリミタ様……だろ。餌の分際で」


 不敵な笑みを浮かべて、デリミタ君が呟きました。


「操られてるのか?」

「そうかもしれません」


 言動まで支配されているとは考えにくいけど、彼の感情を操作している可能性は充分にあるでしょう。寄生虫の中にはそういう能力を持ったものもいて、大量の魔力を手に入れたパクリン菌もまた、その類に含まれるのです。


「違うね。操られてなんかいない。例えば村の連中を殺したのだってそうだ。僕は物心がついたころから、ずっと村の連中を殺したいと思っていた。その力が手に入ったから、実行しただけさ」


 デリミタ君がそう言うと同時に、四方八方から木の枝が伸びてきました。アグラさんが私を抱えて、枝を払いのけます。その場を動かずにはいられないほどの猛攻なのか、アグラさんはついに走りだしながら剣を振り回し始めました。


 絡み合いながら枝が激しく襲ってきて、忙しく動き回るアグラさん。ストラツさんもオライウォンさんも、同じ場所でじっとしてはいません。横へ横へと走りまわりながら、襲ってくる木や枝やツルを剣でさばいています。


 そんな中、デリミタ君の語りかけるような落ち着いた声が聞こえてきました。



 君たち。ひょっとして村人を殺したのが復讐なのだとか、そう思っていないかい?

 違うんだよ。殺したいから殺した。ただそれだけなんだ。

 なぜだかわかるかい?

 僕は魔王になるべくして生まれた存在だからだ。

 僕以外の人間に生きる価値なんてない。

 いや、殺す瞬間に見せる人間たちの絶望と恐怖に満ちた表情。

 あれを見られるだけでも、人間の存在価値はあるのかもしれないな。

 人間を殺すのは、実に楽しいよ。

 最初に殺したハリーは、喉を貫いたときの苦しみ方が笑えたね。

 そしてその場にいたマクベル、トチーノ、ユーズの、恐怖に引きつった顔も最高だった。

 普段は威張り散らしていたマクベルが、真っ先に漏らしやがったんだ。

 村のワット村長、ハープル牧師。

 生まれたばかりの子供を庇っていたトーユン。

 みんないい顔していたなあ。



「こいつ、とんでもねえ悪魔だぜ! 村のやつらの言うとおりじゃねえか!」


 素早く動き回りながら、アグラさんが叫びました。


「確かに……これが操られての言動でないのなら、生まれついての悪なのかもしれん」


 ストラツさんも言いました。


「旦那方! もうこのままこいつを始末するか? 治療してやる価値なんてねえんじゃあねえの?」


 オライウォンさんが叫び、アグラさんとストラツさんもその考えに少なからず傾いているのを、肌で感じました。


「アグラさん、降ろしてください」

「え?」


 私の言葉に、アグラさんが聞き取れなかったかのような反応を示します。


「降ろしてください」


 もう一度言いました。


「何言ってんだ! ここが危険地帯だってことくらい……」


 アグラさんが言いきる前に、私はアグラさんの背中から飛び降りました。


 驚いて私の所へ引き返し、アグラさんが私を受け止めました。すごい速さで動き回っていたので、アグラさんが受け止めなければ、私は怪我をしていたでしょう。


「なんてことするんだ!」

「ごめんなさい。でも、降ろしてください」


 そのような会話をしている間に、枝がこちらに向かって伸びてくるのがわかりました。


 アグラさんが剣を振ろうとした矢先、突然現れたストラツさんが、襲ってくる枝を切り刻みます。


「何をしている、アグラ」

「いや、クランベルがだな……」


 私を抱えているアグラさんの腕から飛び降りて、私は地面に足を付けました。


「襲ってくる森のほうは、みなさんにお任せします」


 アグラさんとストラツさんへと振り返って、お辞儀をしました。


 そして、デリミタ君へと向き直ります。


 デリミタ君は木々を通して、遠くの景色や音を感じとることができるようです。つまり人々を手にかけたとき、まるで自分がその場にいたかのように感じ取れたということです。


「他には、どのような方々のお命を奪ったのですか?」


 私の問いかけに、デリミタ君の口角が上がりました。



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