第26話 罪の意識


 私がその場を動かずにいると、森からの攻撃も収まりました。


 とりあえずお話をしようというデリミタ君の意志が働いているようです。


 オライウォンさんも私の傍まできてくれました。そしてアグラさんとストラツさんと一緒になって、私を守るように取り囲んでくれています。


「殺した人間の話を聞きたいだなんて、いい趣味してるね。いいよ君、面白いよ。しばらく攻撃は止めてやるから、黙って聞きなよ」


 そして、彼の話が始まりました。


 一人一人名前をあげながら、村人たちを殺したときの様子を嬉々として。



 三人目の子供が生まれた幸せそうな家族。

 婚礼を迷っていたが、周りから発破をかけられて、ついには決心をした男。

 毎日のように窓から物が飛んでくるような、喧嘩の絶えない夫婦。

 寝たきりになった老人と、その面倒を見ている娘。

 ワインのことしか頭にない、中年の男。

 いつも風車小屋で子供たちに草笛を聞かせていた、心優しい女性。


 村人のことを一通り話し終えると、今度は調査団へと移り変わります。


 腰を抜かして、戦意を失った兵士。

 勇猛果敢に剣を振り回す兵士。

 森の木の表面を、ルーペで眺めていた学者。

 結婚したばかりという兵士。



「いきなり未亡人にさせるんじゃねえ……ってさ。殺した兵士の傍で叫んでいた男もいたよ。ついでだから、そいつも殺した。確か新婚さんがシステラで、もう一人がダウルだっけ。あんたら、その兵士の仲間だろ。未亡人になった女がどんな風に悲しんだのか、聞かせてくれよ」


 剣を構えていたオライウォンさんが構えを解いて、デリミタ君を睨みます。


「その二人、俺のダチだったんだわ。やべえ、アドレナリン回ってきた」


 オライウォンさんが、今にも飛び出そうとしています。そうなる前に、私はデリミタ君に話しかけました。


「なんでそんなに、殺してしまった人たちのことを覚えているのですか? しかも名前まで」


 デリミタ君が何かを答えようとしたかに見えましたが、結局は口を閉ざしました。


「私にはあなたが、悪を演じているだけのように見えます」

「違う! 僕は悪だ!」


 前のめりになって、デリミタ君が叫びます。彼の腕を縛っている草木が、激しく揺れました。


「本当の悪なら、殺した人間のことを、そこまで細かく覚えていないと思うのです。そこまでこだわったりしないと思うのです」

「やめろ……」

「本当は……悪に徹することで、罪悪感から逃げているだけなのではありませんか?」

「やめろおぉおおお!」


 木の枝の大群が、暴走したかのように襲い始めました。


 アグラさんたちが激しく応戦している気配がありましたが、私はその場を動きませんでした。


「信じない癖に! どうせ信じない癖に! 僕は悪魔の子供なんだ!」

「君は悪魔の子供なんかじゃないです。私は信じます!」


 デリミタ君の目から涙が流れました。


 辛かっただろうと思います。苦しかったのだと思います。


「ずっと……」


 うなだれるように俯いて、デリミタ君が呟きます。


「ずっと頭の中に語りかけてくるんだ。悪魔の子だと蔑んできた村人たちが憎いだろう……。殺したいだろう。殺したら気持ちよかっただろう。もっと殺せ。お前は魔王だ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。ずっと頭の中でそんな囁きが聞こえてくるんだ……。たくさん殺した。殺しちゃった。自分が悪だって思わなきゃ……割りきらなきゃ……心がちぎれてしまいそうなんだよ……」


 デリミタ君が顔を上げました。涙でぬれて、くしゃくしゃになった顔を。


「助けて……。僕を助けてよ! 僕を助けて!」


 デリミタ君の心の叫びを、私はしっかり受け止めます。


「絶対に助けます。私はそのために来た医療術師ですから!」


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