第24話 悪魔の森との激戦


 無数の木の枝が集中豪雨のように降り注ぎ、不自然にしなりのある大木が暴れ回っています。複雑に絡み合った木々や無数の岩肌を馬に乗って飛び越えながら、アグラさんが襲いくる枝や木々を巨大な剣で払っていきます。


 恐ろしいのは、私の体を落ちないように左手で支えながら、右手一本で巨大な剣を振り回しているアグラさんです。手綱なんて、とっくに手放し状態なのです。


 景色の移り変わりがめまぐるしくて、私たちが前に進んでいるのか、それとも景色のほうが後ろへと流れているのかわからなくなってきます。


 耳をかすめていく風の音に混じって、男性のうめき声が聞こえてきました。


 アグラさんが、握っていた剣の柄を手綱に絡めて、手前に引きました。馬が大きくのけ反って急停止。さらに剣の柄に絡めた手綱を操って、馬の向きを変えました。襲ってくる枝をかわしつつ、手綱を握ることもなく馬を操る器用さに、驚くばかりです。


 向きを変えたほうに倒れていたのは、オライウォンさんです。


 辺り一面の木の枝がオライウォンさんへと伸びていくのが見えました。


 危ない! と思って目をそむけようとした瞬間、私たちとは別の方向から一頭の馬が横切ったかと思うと、周りの木の枝が切り刻まれて四散してしまいました。横切った馬に乗っていたのはストラツさんです。


 私たちの乗っている馬は止まることなくオライウォンさんめがけて突き進み、そして恐ろしいことが起こります。


 アグラさんが私を、宙へと放り投げたのです。


 何が何だかわからないまま、落ちていく恐怖を味わいました。しかし次の瞬間、気がつくと私は落ちた衝撃を受けることもなく、馬の上に座っていました。


 何が起こったのかと、首を左右に動かします。私の乗っている馬が、大きな岩の上に着地して止まりました。


 続いて、アグラさんの乗っている馬が同じ岩の上に飛び乗ってきました。人を乗せていない馬も、岩の上に飛び乗ります。オライウォンさんが乗っていた馬です。


 アグラさんの乗っている馬には、オライウォンさんが垂れ下がるような形で乗せられています。オライウォンさんの乗せられている場所は、さっきまで私が座っていたところなのです。


 振り向いて見上げると、そこにはストラツさんのクールな顔がありました。


「俺がアグラに合図したんだ。君を俺のところへ投げるようにと。怖い思いをさせてすまなかったな」


 そう言ってストラツさんは、私の頭を撫でました。


 大丈夫です。私はそう答えて、オライウォンさんに目を向けました。


 彼を助けるためにアグラさんの手を空ける必要があったのだと、冷静になってきた頭でようやく理解しました。


 怖い思いはしたけれど、私は無傷だしオライウォンさんは救出できたのです。なんと息のあったコンビプレイでしょう。


「悪いな。足手まといになっちまってよ」

「いや、正直おまえがここまでついてこられるとは思ってなかったぜ」


 意外と元気そうなオライウォンさんの声に、アグラさんが答えます。


 それよりも、攻撃を受けて落馬したとなれば、オライウォンさんの体が心配です。


 馬からは降ろさず、オライウォンさんの服を脱がせるようアグラさんにお願いしました。


 その間の森からの攻撃は、ストラツさんが引きうけることになりました。岩の上へと着地したので、木の根が地面から襲ってくることもないだろうとのことでした。もともと地面からの攻撃を警戒して、岩の上に降り立ったようです。


 なのでこの場にいる限り、森からの攻撃は問題ないのだそうです。


 その言葉を信じ、私はオライウォンさんを看ることに専念します。


 全身を看た結果、右肩の関節が外れていることがわかりました。骨折を併発してはいないようなので、応急処置を試してみることにします。


 脱臼している右腕を下に垂れさせて、こぶし二つ分ほどの大きさの石を結びつけた紐を手首にくくります。力の抜けた腕が引っ張られる状態を作ったら、しばらく様子見です。


 森の中での応急処置。幼い頃の記憶が、脳裏によぎります。


 あのとき私がしっかりしていたら、兄が自殺することもなかった。そのときは四歳だったので、仕方がないのだと周りの大人たちは励ましてくれます。


 そんな中、マリス先生は言ったのです。


「立ち止まって過去を見つめ直すのはいい。だけどそれは、前を向いて歩きはじめてからにしなさい」


 私がマリス先生の弟子を懇願したきっかけでした。


「馬はもうやめようぜ。あのスピードで走ってたんじゃあ、周りが全然見えやしねえ」


 馬に抱きつくようにまたがっているオライウォンさんが、ぼやきます。


「言い訳がましい気もするが、一理ある。馬での走行はそろそろ危険だな。クランベル、感染者までの距離はわかるか?」

「もう目と鼻の先だと思います」


 実際、馬に乗らずに走っていける距離まで来ているのは、ほぼ間違いありません。話し合いの結果、馬にはもう一度オライウォンさんの筋力増強の魔法をかけて、兵士団のいる森の外まで逃がすことになりました。


 ここに来るまでにわかったことですが、どうやら森からの攻撃を一番受けていたのは、私とオライウォンさんらしいのです。考えてみると兵士団の中で魔力を多く有しているのは、魔法が使える私とオライウォンさんでした。


 最初に襲われたのも、私の乗っていた馬車とオライウォンさんが乗っていた先頭の馬車です。魔力を吸収する細菌ですから、当然と言えば当然です。


 私とオライウォンさんがいる限り、逃げていく馬をわざわざ攻撃することはないだろう。そう言ったのはオライウォンさん。馬の気遣いを忘れない彼は、言葉づかいや軽薄な態度とは裏腹に、とても優しい心を持っているのかもしれません。


 オライウォンさんの肩関節は、幸運にも繋がりました。しかしあくまでも応急処置。本当は三角巾で腕を固定したいところですが、この森ではそうすることで剣が振るえなくなるほうが危険だと言われて、やむなく断念しました。


「クランベル、しっかりしがみついとけよ」


 アグラさんが私を広い背中に背負い、合図と同時に三人が走りだしました。



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