第21話 森との初戦


 ストラツさんが立ち上がり、プリングさんも側に置いていた剣を手に取りました。私は何が何だか分からず、ただただうろたえていました。


「へえ。おっさんも気付いたか。伊達に兵士団長やってねえな」

「そこらじゅうに殺気が渦巻いてますからな。これほどわかりやすい殺気に囲まれたら、呑気な亀もかつてない走りを見せることでしょうよ」


 私にはプリングさんの言う殺気なんてものを感じることは全然できませんが、どうやら森の中から私たちを狙っている誰かがいる、ということらしいです。


「屋根が邪魔だな……。全員、伏せてろ」


 ストラツさんが呟き、腰にかけていた剣の柄を握りました。アグラさんが私を庇うように覆いかぶさってきて、伏せさせます。


 次の瞬間、馬車の中が明るくなりました。上を向くと馬車の屋根がなくなっていて、すっかり明るくなっている朝の空が目に飛び込んできました。


 後方で、巨人が地面を踏みならしたような派手な音が聞こえてきました。馬車はストラツさんの肩の高さくらいから上が、スッパリと斬り落とされたようになっています。後方から聞こえてきたのは、馬車の屋根が地面に落ちたときの轟音のようです。


「アグラ。クランベルを頼む」


 そう言ってストラツさんが、無くなった天井から飛び出して行きました。


 人間技とは思えないほどの行動に驚きつつも、なぜドアではなくわざわざ天井を斬り捨てて出ていったのかという疑問が頭をよぎります。


 不意に大きな影が、空からの光を遮りました。何か大きなものが、私たちに降ってきたかのようです。


 アグラさんが私を脇に抱えながら、飛び上がります。


 空を飛んでいるような感覚、めまぐるしく変わる視界。もう何が起こっているのかさっぱりです。


 建物が破壊されたような音とともに、馬車を引いていた二頭の馬の雄叫びが響き渡りました。


 アグラさんが地面へと着地し、やっと状況がわかりました。


 木です。木が左右から倒れこむ形で馬車に覆いかぶさっています。真っ直ぐ上に伸びているはずの大木がゴム人形のように曲がっていて、まるで馬車に頭突きをしているかのようです。


 馬車を引いていた二頭の馬が倒れていて、御者を務めていた兵士さんも地面に投げ出されていました。


 ストラツさんが天井に出口を作ったのは、横から襲ってくる木をかわすためだったようです。


 アグラさんが私を脇に抱えたまま、走りだしました。地面に転がっている大剣に向かっているようです。大剣は馬車には入らなかったので、御者台に寝かせるように置いてあったのです。その大剣も投げ出されて、地面に落ちているのです。


 周りの木がまるで踊っているかのように、グネグネと動き出しました。そして私とアグラさんめがけて前のめりになり、枝を振り回してきます。


 一瞬早くアグラさんが剣を拾い、そのままなぎ払うように一振りしました。倒れこんできた木が大剣に弾かれてのけ反ったかと思うと、なんと上半分がちぎれて吹き飛んでいきました。


 斬ったというより、巨大なハンマーか何かで殴りつけたかのようです。私を抱えたままで、なんという力技でしょう。噂には聞いていたけど、直に見ると迫力と驚きがケタ違いです。


 アグラさんが前方に向かって走ります。私たちの馬車は一番後ろを走っていたので、前方の馬車を止めに向かったようです。


 突如、前を走っていた馬車が止まりました。前の馬車だけでなく、一列に並んだ全ての馬車が一斉に止まりだしたのです。


 私はぬいぐるみのようにアグラさんの脇に抱えられながらも、先頭馬車のほうへと視線を向けました。


 なんということでしょう。先頭の馬車が、動き回る木に襲われています。


 私たちの乗っていた馬車の一つ前を走行していた馬車のドアが開き、数人の兵士さんが緊張感のない顔をして出てきました。


「何かあったんですか?」


 兵士さんの一人が、近づいてくるアグラさんへ顔を振り向かせて言いました。


 アグラさんは質問の答えの代わりと言わんばかりに、大剣を振り上げます。大剣は兵士さんの脇をすり抜けて、みなさんに覆いかぶさろうとしていた木を直撃、粉砕します。


「ボケっとしてんじゃねえ! 抜刀して構えろ!」


 檄を飛ばされ、兵士さんたちが慌てた様子で腰に下げていた剣を鞘から抜きます。その様子に私の鼓動が激しくなっていき、恐怖が高まっていきました。


「プリングのおっさん! ここは任せたぜ」

「承知!」


 振り返らずにアグラさんがそう言って、後ろからプリングさんの歯切れのよい声が返ってきました。


 プリングさんの返事に「よし」と呟いて、アグラさんがそのまま前方へと走りだしました。その脚力たるや、馬車に乗っていたときよりも周りの景色の流れが速いほどです。


 脇に抱えられたままの私はどこにもしがみつくことができず、落っこちてしまうんじゃないかと怖くなりました。あまりにもアグラさんの走行が速いので、落ちてしまったらただじゃ済みそうにありません。


 ですがアグラさんは走る速度を緩めて、そして立ち止ってしまいました。不思議に思って辺りを見回します。


 左右に広がっている森がとても静かです。戦いなんてまったく知らない私でさえ、さきほどの殺伐とした森の雰囲気との違いに気付きました。


「あの……アグラさん。もしよろしければ、私を降ろしていただけますか?」

「ん? ああ、すまん。殺気もなくなったし、どうやらもう大丈夫らしい。だが、俺の傍から離れるなよ」


 私は小さな子供のように両手で抱え上げられ、そっと地面に立たせてもらいました。


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