第22話 副団長オライウォン
ストラツさんが先頭の馬車から戻ってきて、アグラさんと合流しました。森に襲われていた先頭の馬車も、ストラツさんの助太刀のおかげで無事だったみたいです。
私は左右の木々を観察し、森が襲ってきた原因について考えを巡らせます。ふと、普通の森では見ることのない、奇妙なことに気付きました。
「どうだった?」
アグラさんがストラツさんに尋ねます。さきほどの森との戦いで見せたアグラさんの真剣な顔も、今ではだいぶ緩くなっていました。
「全員無事だ。怪我人はいるが、せいぜいかすり傷だな」
普段からクールなストラツさんですが、なぜかこのときは、いつもよりも緊張感がなくなっているような気がします。
「んなことは、わかってるさ。あの程度の攻撃で、しかもおまえがいたんだからな」
「確かに、少し拍子抜けではあったな」
一瞬聞き間違いかと思いました。森の神の怒りにふれたかのような先程の猛攻に対して、二人はあろうことか物足りないと言っているのですから。
「つまり俺が聞きたいのはだな……」
「選別……か」
息をはくように、ストラツさんが呟きます。しかし、選別とはいったいなんでしょうか。
「一人だけいたな。確か、オライウォンといったか。彼だけがいち早く殺気に気付き、森の攻撃に対応したそうだ。俺も直に見たが、なかなかの腕前だった」
「オライウォンは兵士団の副団長。私の右腕ともいうべき男です」
兵士のみなさんにあれこれ指示を出して動き回っていたプリングさんが、腰の鞘に剣を収めながらこちらへ歩いてきます。
「こっちの合格者もプリングのおっさんだけだな。あんたの部下はどいつもこいつも、亀よりのろまな連中ばかりだぜ」
アグラさんが呆れた様子でプリングさんに言いました。選別というのは、アグラさんとストラツさんから見て強いかどうか、ということらしいです。兵士のみなさんを値踏みするような行為は、とても失礼なのではないかと思いました。
「そんなことないですよ、アグラさん。みなさん、一生懸命戦っていました。アグラさんとストラツさんが強すぎるだけなんです」
「クランベル、その発言はいただけないな。戦いを生業としているやつらに、素人考えで肩を持っちゃあいけねえ」
そういうものなのでしょうか。確かに戦いのど素人以下な私は、安易に口をはさまないほうがいいのかもしれません。
プリングさんは、面目ないとアグラさんに頭を下げました。そして副団長のオライウォンさんがいるであろう、先頭馬車へと駆けていきました。これから私たちとプリングさん、オライウォンさんとで、作戦を立て直すことになったのです。
私はプリングさんが戻ってくるまでの間に、やるべきことがありました。
マリス先生の教えに従い、両手を広げて深呼吸をします。目を閉じて、魔力が全身をめぐるようにイメージ。意識を集中して、周囲の魔力を探ります。
なるほど……周りの森の実態が見えてきました。
地面に目を向けると、アグラさんが砕いた木の一部が転がっていました。ゆっくり手を伸ばし、指先から魔力を放出してみます。
血の気が引く感覚に似たような脱力感を、わずかに感じます。
「こら!」
石のようなごつごつした何かが、私の頭に添えられました。振り返ると、アグラさんが腕を組んで眉を寄せていました。頭に乗っかっていたのは、アグラさんのこぶしだったようです。
「俺から離れるなって言っただろ」
「ごめんなさい。でも、ここはもう安全ですから」
私の言葉にアグラさんが、おもわずといった感じでため息を漏らします。
「そんなのわからないだろう。今は落ち着いてるが、さっきまで森が暴れ回っていたんだからな」
心配してくれるのはありがたいのですが、ここは言い返しておきましょう。
「医療術師として、安全であることは調査済みなんです。素人のアグラさんには、わからないかもしれませんけど」
さっきのお返しとばかりに言い放った私の台詞を聞いて、アグラさんが困った顔をしています。
「面白いじゃん。その調査ってやつを俺にも聞かせてくれよ、医療術師ちゃん」
声を掛けられて振り返ります。
そこにはタキシードに身を包んだ、長身の男性が立っていました。紳士的な装いとは裏腹に、人を小馬鹿にしたような薄笑みを浮かべて私を見下ろしています。顔は整っているのに、どうにも素行の悪そうな表情を浮かべていて、もったいない気がしました。
「誰だおまえ」
タキシードの男性を、アグラさんが睨みつけます。
「副団長のオライウォンだ。以後、お見知りおきを……ってね」
「なんだその格好は。戦いの場をなめてんのか? それとも余裕のつもりか?」
「いやあ。なぜか知らんけど、不思議とこの服装のほうが動きやすいんだ。まあまあ、そんなチンピラみたいな顔して睨まないでやってくれよ、旦那」
「随分と軽口叩く野郎だな。こんなやつが副団長かよ」
街の不良の喧嘩みたいな雰囲気に、うろたえることしかできません。その顔、本当にチンピラさんみたいですよ、アグラさん。
難癖をつけるアグラさんと、にやけた顔で挑発を続けるオライウォンさんの小競り合いはしばらく続きました。プリングさんとストラツさんが間に入って場を収めたのですが、もう少し早く止めに入ってほしかったです。ストラツさんなんて、二人のやり取りを楽しんでいるようにさえ見えました。ストラツさんもなんだかんだ、争いごとが好きな人なのかもしれません。
とにかく言い争いも収まり、私の話を聞こうということになりました。
私は胸に手を置いて、険悪な雰囲気に緊張していた気持ちを落ち着かせます。
「まず、森が襲ってこなくなった理由ですが、単純に周囲の森の魔力が尽きたからです」
さっき私はマリス先生に教えてもらった方法で、魔力の出所を探ろうとしました。だけど、どこからも魔力は感じ取れなかったのです。
「森の木々はパクリン菌の感染者の意志によって動いていたのだと推測できますが、常識的に考えると術者が近くにいなければ、木を動かすなんて不可能です」
それはつまり、術者であるパクリン菌感染者がこの近くにいる。普通に考えるならばそうですが、それも違います。
ならばなぜ、木が動いたのか。当然の質問に答えるように、私は一本の木の枝を指さしました。
「例えば、あの木。右と左の木が枝で繋がっていますよね」
私の指さした方向を、その場のみんなが見つめます。続けて、別の木を指さしました。さらに別の木。そして、辺り一面の木の枝に注目するよう促します。
全ての木は、枝によって繋がっているのです。枝と枝が紐で結ばれているような、そういう繋がり方ではありません。木から伸びた枝を目で追っていくと、途切れることなく隣の木へと辿り着くのです。
少なくとも周囲の森の木々すべてが、枝を通して繋がっている。これはつまり、森全体が一つの個体になっている状態だと言えます。
今度は、落ちている枝に試みたことへの説明に移りました。
枝に魔力を放出したときの、血の気が引くような感覚。あれは魔力を吸い取られたことによるもの。つまり森の木々の内部には、パクリン菌が住み着いているのです。
木を動かすのは術者の思考によるものですが、木を動かすために必要な魔力を伝達する役割を担っているのはパクリン菌。それはまるで一個の生命体が血液によって栄養を全身に巡らせているように、パクリン菌が木々の導管などを伝って森全体に魔力を行き届かせているのです。
木が自然に繋がるわけもなく、パクリン菌が行動範囲を広げるために、術者を利用して森を一つの生命体へと創り変えていっているのです。
「へえ、お子ちゃまのわりにやるじゃないの」
あなたはお子ちゃまと呼びますか、オライウォンさん。みんなして私のことを幼子だのガキだの。さすがに傷ついてしまいます。
「てことは、つまりあれだ。この辺は感染者のいるところからかなり離れていて、魔力の供給も少ないわけだな。だから森がちょいと暴れただけで、すぐに燃料が切れちまったと」
オライウォンさんがそう言うと、ストラツさんは納得したように小さく頷き、アグラさんは舌打ちをしてそっぽを向いてしまいました。
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