第16話 森に喰われた村
私たちは王家が用意してくれた馬車に揺られながら、今回のお仕事についての詳しい説明を聞かせていただきました。
馬車にはもちろん、アグラさんとストラツさんも同乗しています。
お話してくださったのは、同行してくださる兵士団の団長を務めているというプリングさん。堀の深い顔立ちと顎髭。ワイルドな印象はありますが、優しそうな目をしています。
それにプリングさんは、アグラさんとストラツさんのことを尊敬しているみたいで、とても友好的な方でした。
「お二人と任務にあたれるなんて、なんとも光栄ですなあ」
最初の挨拶を交わしたとき、真っ先にそう言って握手を求めてきたのです。
アグラさんとストラツさんのことは聞いてはいたのですが、戦う姿を見たことはありません。だからプリングさんの態度で、改めて二人のすごさを見せつけられたような気がしました。だって、とても強そうな体つきをしているプリングさんが、尊敬のまなざしでアグラさんとストラツさんを見ているんですもの。
そんなプリングさんに対して、二人はなんともそっけない態度を返していました。なんだかプリングさんが気の毒でしたが、当の本人は気にしていないみたいです。馬車にいる間、ずっとアグラさん、ストラツさんとの会話を楽しんでいる様子でした。
会話と言っても、任務の説明をしているだけでしたけど。
それはさておきです。
私たちの任務は、ある人物の病気の治療です。診療所スタッフとしてあたりまえのような話ではあるのですが、今回は類を見ない特殊なケースだと言わざるをえません。
『二週間ほど前、とある村が森に喰われた』
プリングさんは事の発端を、このように表現しました。
喰われた村の名前はリンパーク。
小さな森が隣接していてブドウのお酒が名産だという、とてものどかな村だったそうです。
そんなリンパーク村に悲劇が起こりました。
生き残りの村人さんの話によると、森の木々が突然襲ってきたというのです。生き残った村人さんは口々に悪魔の森だと言って、体を震わせて怯えていたそうです。
その後、国の調査団が村に派遣されたのですが……。
木が家を破壊し、枝が人の体を突き刺し、つるが人の首を絞め殺している。それはそれは地獄絵図のような光景だったのだとか。
そして悪魔の森は、調査団にも牙をむきました。調査団員メンバーの兵士さんが、何人か殉職されてしまったそうです。
逃げ伸びた調査団員たちは揃って、そこら中の木の枝が伸びてきて襲ってきたのだと証言したというのです。
想像しただけで身震いする、とても恐ろしい話でした。
「それを実行したのが、ナントカって病原菌なのか?」
「パクリン菌ですよ、アグラさん」
アグラさんの『ナントカ』に、私が正式名称を埋め込みました。
パクリン菌は比較的温暖な地域に生息している病原体。リンパーク村は国内でも最南端に位置していて、年間通して暖かく、自然に囲まれています。つまり、パクリン菌の生息にとても適しているのです。
「にわかには信じがたい話だな」
ストラツさんは腕を組み、目を閉じたまま呟きました。プリングさんのお話に退屈して眠っているものと思っていたのですが、ちゃんと聞いていたようです。勘違いしてしまい、ストラツさんに申し訳ない気持ちです。
「確かにそうですね。パクリン菌はそれほど危険視されていない病原菌ですから」
ストラツさんの言葉に、私も同調します。
パクリン菌は、宿主となる生物の魔力を食べて増殖する病原菌です。感染すると魔力を食いつくされ、宿主は脱力感や疲労感を伴い、場合によっては発熱することもあります。ですが魔力が食べられることで宿主の魔力が一時的に弱まるので、パクリン菌の増殖も止まります。そうなればあとは人が本来持っている自然治癒力によって、パクリン菌は死滅するのです。
ただ、パクリン菌は魔力を食べる病原菌ですから、魔力が高い人ほど症状が重くなるし、治りも遅いです。
とはいえほとんどの場合、宿主の生命を脅かすことはないのです。ましてや、今回のように病原菌が原因で森が暴れ出すなんて、聞いたことがありません。
「実のところ、まだパクリン菌に感染した人物を直に見たわけでもなく、断言はできないと聞いています。とはいえ、今回の騒動がパクリン菌によるものである可能性は極めて高いとか」
プリングさんはそう前置きして、説明を続けました。
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