第17話 パクリン菌


 これから語るのは、プリングさんが話してくれた調査団の体験と調査結果であり、推測も含まれる内容です。


 リンパーク村を訪れた調査団は、そこで目にした惨状に驚愕しました。


 建物は全て破壊され、村人の死体が辺り一面に広がっていたのです。


 さらに死体はどれも、地面に横たわってはいませんでした。


 お腹に刺さっている枝に支えられる形で、立たされたまま息絶えた死体。

 植物のつるで首を吊られたまま、宙にぶら下がっている死体。

 木の幹に張りつけにされた死体。


 その残酷な光景を目の当たりにした調査団には、いったい村で何が起こったのかを想像することさえできませんでした。


 ところが調査開始から一週間後、それがパクリン菌の仕業ではないかという仮説に結びつくのです。


 調査団員の中には、権威のある高名な医療術師もいました。調査団を派遣する場合、現地での団員の怪我や病気など、不測の事態に備えて必ず医療術師が同行することになっているからです。


 真っ先にパクリン菌に感染したのは、その医療術師でした。


 理由は明らか、調査団員の中で一番強い魔力を持っていたからです。パクリン菌は医療術師の体内で大量の魔力を食べることで、強さを増していきます。その結果、宿主である医療術師は、一週間にわたり高熱を出して寝込んでしまいました。


 医療術師以外にも体調不良を訴える団員が現れ、調査は一時中断。調査団は村から数十キロほど離れた街で、体制を整えつつ待機することになりました。


 医療術師は、自分の身に起きている症状がパクリン菌感染時と酷似していることに着目し、魔法による体内検査を実施します。


 そして、体調不良を訴えた団員もすべて、パクリン菌に感染していたという事実を突き止めました。


「おい。暴れまくる森とそのナントカ菌に、いったい何の関係があるんだ? 話がまったく見えてこねえ」

「せっかちですなあ、アグラ殿。確信に迫るのはこれからだというのに」


 結論の見えない苛立ちを言葉にしたアグラさんに、のんびりとした口調でプリングさんが返します。さらにストラツさんが「黙って最後まで聞け」と感情のこもっていないような口調で注意したので、アグラさんは更に苛立たしげに、人差し指で自分の腕をトントン叩き始めました。


「つまりパクリン菌の宿主さんは、相当強い魔力の持ち主ってことですよね」


 私が口をはさむと、プリングさんが一瞬だけ驚いた様子で私を見ました。


「ほう。お譲ちゃん、よくわかったね。続きを聞かせてもらえるかな?」


 掃除のお手伝いをした幼児に感心するような笑みを浮かべて、プリングさんが言いました。アグラさんとストラツさんが、私の説明の続きを促すかのように頷いて見せます。


 私はちょっと申し訳ない気持ちになりながらも、今回の事案に対する見解を述べさせていただきました。


「本来なら魔力を食べつくした後、宿主の体力回復とともにパクリン菌は死滅していきます。ですが、あまりにも高い魔力を持った人が感染した場合、稀に莫大な魔力をとりこんだパクリン菌に自我が芽生えることがあります」


 私は普段よりも頭の良さそうな、論文でも音読しているような口調を心がけて説明しました。そうするようにと、マリス先生に言われたからです。


 私のような若いスタッフが堂々と説明してみせることで、診療所の信頼を王家から獲得しようというのがマリス先生の狙いです。


 本当は今回のお仕事を引き受けることになった日から、マリス先生の言いつけでパクリン菌について詳しく調べていました。マリス先生のご指導もあって、どうにか森が暴れる謎とパクリン菌の関連性に辿り着いたのです。


 予習したことを、偉ぶって話してみせているだけ。騙しているみたいで申し訳ないです。


「自我と言っても、動物のように知能を持つほどではありません。ですが、そうなったパクリン菌は、宿主の魔力を貯蓄したり増加させたりして生きながらえようとします。例えば宿主の魔力が尽きないように食べる量を調整したり、宿主の瞑想力を促進させて魔力そのものの絶対量を増加させたりするのです。今回のパクリン菌はとても強力な魔力の人間に感染することで、強い自我を持ったのだと考えられますし、そのような記録が昔の文献にも残っています」

「なるほど。このような幼子に医療術師として同行してもらうのは不安でしたが、それなりの知識はあるようですね。ここまでは調査団員に同行した医療術師と同意見です。ここから先もいけますか?」


 私はもう十二なので、幼子というのはあまりにも失礼だと思いました。


「プリングのおっさん! ガキだからって舐めてもらっちゃ困るぜ。何しろ国内一の医療術師に認められた、一番弟子なんだからな」


 アグラさんまで『ガキ』と言います。なんだか幼子よりひどい感じがします。


 私は不貞腐れたような気持ちになってしまい、この先を説明するのが嫌な気分になりました。だけどそれでは本当に子供と同じなので、私は深呼吸をして落ち着くことにしました。


 そして話を続けようとしたとき、馬の鳴き声とともに馬車が止まりました。馬車のドアが開き、同行していた兵士さんの一人が顔を覗かせます。


「プリング団長! 目的の街に到着しました」

「そうか。お譲ちゃん、話の続きはあとでしっかり聞かせていただこう」


 今度はお譲ちゃんときましたか。せめてお譲さんと言ってほしいです。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る