第7話 対峙
「すげえ殺気だな」
俺の言葉に、ストラツは眉ひとつ動かさなかった。獣のような鋭い眼光が、俺の恐怖と歓喜を再び煽る。
馬鹿正直なほどに真っ直ぐな殺気が込められたストラツの目を見て、俺は悟った。その殺気が、命を惜しんでのものではないということを。おそらくは俺と同じ気持ちなのだということを。
毒に殺されるくらいなら、剣士として戦って死にたい。そんな考えもあるが、本心はもっと根深いところにあった。
俺はもしかすると以前から、ストラツと命をかけて戦ってみたいと思っていたのかもしれない。
感覚が研ぎ澄まされていた。
後ろにいたクランベルの恐怖までも、敏感に察知できてしまう。
部屋を飛び出していったクランベルの気配を感じた。もしかすると、マリスに助けを求めに行ったのかもしれない。
だが、もはや手遅れだ。
俺は窓際の壁に立てかけていた大剣を握りしめると、窓を蹴り超えて外へと飛び出し、一気に間合いを詰めた。
そのままストラツへ大剣を振り下ろす。
俺の生涯最高のひと振りだったと断言しよう。
剣を振り下ろす際の力の抜き加減。インパクトの瞬間の、柄を握り込むタイミング。重心のバランス。体内の気の充実感。
ほんの一瞬に俺の全てが込められた。
俺の剣撃によって、まるで爆発でも起こったかのように、大量の土砂が舞い上がる。
そう、俺の最高の一撃は、見事に地面だけを破壊したのだ。
「前から思っていたのだが……」
俺の背後からストラツの声がし、背筋に冷たいものが走る。
「無駄にデカいんだよ、おまえの剣は……。柔よく剛を制す。この意味をたっぷりと教えてやる」
「くっくっく! 言うじゃねえか」
俺は振り向き、ストラツと対峙する。
木々の間を一筋の風が通り抜け、木の葉が互いに擦り合う。ざわざわと音を立て、空気が緊張しているかのように震えだした。
暗い闇夜の森を、月の明りと遠くの街の灯りが微かに照らしている。
我が友の顔が、微かな明かりを受けて闇に浮かび上がっている。
相も変わらぬ、恐ろしいまでの殺気。
随分とおっかない目を向けてくるものだ。
まるで鏡のようだと思った。
なぜなら、俺もまた同じ顔をしているはずだからだ。
俺たちは大勢の強者と戦った。
かの北の国では、巨大な斧を振り回す豪腕の猛者がいたし、西の大国には、五メートルもありそうな長い槍を自在に操る戦士もいた。百を超える魔法を使いこなす強大な魔術師に、屈強な騎士を何人も食い散らかした超大型の野獣。
俺は強いものと戦うのが生きがいだった。
お前もそうだったろう。
強者と向き合ったときの、背も凍る恐怖! 緊張!
それらと向き合って、自ら鍛え上げた肉体と技に命を預ける瞬間。俺たち剣士が生きていると実感する瞬間だ。
我が友の握る剣が、美しい殺気をまとって青白く光る。
俺たちは本当にいいパートナーだった。
だが俺は、いつかこんな日が……ストラツと戦う日が来ることを、ずっと前から想定していたはずだ。
巨大な愛刀を握る手に、力がこもる。
ゆうに大人一人分の重さがある大剣。俺はこの剣をいつから持ち始めた? なぜこの剣を選んだ?
はったりをかますためか?
剣に魅了されたからか?
違う!
ストラツの、美しいほどの剣の冴え。目で追うことさえ叶わぬ動き。身のこなし。そして何より、敵を切り捨てる際の、一切の迷いを感じさせないストラツの目。
俺がこの剣を持つようになったのは、十四のときの戦場でストラツに魅せられてしまった、あの日からだった。
本当はあのとき、認めてしまったのだ。お前は俺よりも強いと。速さも剣技も、死を前にしたときの精神力も、俺はお前に敵わない。心のどこかで、俺はそう思っていた。
巨大な剣を自分の武器として選んだのは、お前に勝っているのが力だけだったからだ。お前の圧倒的な技とスピード、嫉妬してしまうほどの冷徹さ、その全てを力でねじ伏せるためだ。
十年もの間振り回してきた巨大な剣は、戦わずして負けを認めてしまった無念の塊であると同時に、お前に勝ちたいと願う俺の心でもあったのだと、今になってようやく気づいた。
「さあ、はじめようぜ。ここからが本番だ!」
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