第6話 無意識な笑み
コンコン。コンコン。
ドアをノックする音で、俺は目を覚ました。
いつの間にか眠ってしまったようだが、どのくらい時間がたっているのだろう。
窓から、月明かりが部屋を照らす。
俺はベッドから起き上がると、燭台に置かれたランプに火を灯した。
「アグラさん。ストラツさん。いませんか?」
ドアの外から声がする。
寝起きの頭を抱えながらドアを開けると、クランベルが立っていた。彼女がとても心配そうな視線を俺に向けている。今にも泣き出しそうな顔だ。
「あの、私……お二人が心配で」
こんな幼い子に心配されるとは、なんとも情けない。しかし、気遣いはとても嬉しかった。
血なまぐさい戦場は身近に存在し、幾人もの戦士が死んでいっている。この子にはそんな戦場を、一切経験させたくないものだ。
俺はクランベルを部屋の中へ通すと、ホットミルクを彼女の前に差し出した。
小さくお辞儀をしたものの、クランベルはミルクに口をつけようとはしなかった。
「あの……お二人とも、もうすぐ死んじゃうんですか? それとも、ストラツさんと戦うんですか?」
うつむきながら、震える声でクランベルが言った。
俺たちのような傭兵を心配してくれるのは、後にも先にもこの子くらいだろう。負の感情で埋め尽くされていた心が、温まるのを実感する。
「私、嫌です。どっちも嫌です!」
「難しい注文だな」
このまま時が過ぎれば、体内に埋め込まれた毒に殺されるだろう。生き残るためには、ストラツを殺さなければならない。
さて、どうしたものか。
天井を見上げて、深呼吸してみる。
「俺は強いやつと戦うのが好きだ。よくよく考えてみると、今まで戦ってきた連中でストラツを超えるような相手はいなかったな。だが……」
このとき俺は、かつての強敵たちの顔を思い返していた。
戦っていた当時をイメージし、頭の中で剣を振り回す。申し分ない、強靭な精神力を持つ男だって少なくなかった。
そいつらを頭の中でもう一度ねじ伏せて、俺は心から敬意を払う。
強者と命をかけて戦い、そして勝つ。
俺にとって、それ以外の生き方は考えられなかった。そしてそれは、ストラツとともに歩んだ生き方なのだ。
「俺は……ストラツと戦いたいなんて、考えたことないよ」
ずっと泣きだしそうな顔をしているクランベルに、俺は笑顔を作ってそう言った。
ストラツと戦う。本当に考えたことなんてなかった。
ストラツの戦う姿を想像してみる。
まるで宙を舞う羽毛のように、つかみどころがない。何度イメージしても、ストラツの動きを捉えることができない。
なんて美しい動きだろう。
俺の太刀は、ほんのわずかな動きで全てかわされてしまう。一瞬の隙が命取りだ。
気づくと俺は動いてすらいないのに、かつて何百の騎士たちを相手に戦いを挑んだときと同じくらいの汗をかいていた。
俺は……俺たちは幼少からともに技を磨き、あらゆる強者をねじ伏せてきた。
もしもあいつと戦ったら……俺はあいつに勝てるだろうか。
不意に、あの日のストラツの顔が強烈なイメージとなって頭の中を支配した。一人で幾人もの敵を斬り伏せ、自ら創り上げた死体の山の中で見せた、ストラツの顔だ。
「ア……アグラさん……なんで……笑ってるんですか?」
クランベルの問いかけにハッとする。
俺は今、笑っているのか。
そうか、そうだったのか。
今まで自分自身でも気付いていなかった本当の気持ちを受け入れた瞬間、窓の外から強烈な殺気が向けられてきた。
今まで身近に感じていたが、決して俺に向けられることのなかった冷酷な殺気。
窓へと視線を移し、俺もまた、あいつへ殺気を送り返す。
胸が高鳴り、踊り、恐怖する。
「どうしたんですか?」
クランベルの声が遠く聞こえた。
「すまない、クランベル。やはり俺とストラツは、戦うしかないようだ」
窓をゆっくり開けると、死神の鎌の切っ先がのど元に当てられたのかと錯覚してしまうほどの、鋭い目が俺を刺した。
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