第5話 考える時間


 俺たちはマリスの診療所を出ると、静かな街の路地を無言で歩いた。


 考え事をしながらも、無意識にメイザー討伐の拠点としていた宿へと歩を進める。


「すまん。しばらく一人にしてくれ」


 ストラツが言った。


「ああ。俺もちょうどそんな気分だ」


 俺がそう答えると、ストラツは路地裏へと向きを変えて、何も言わずに視界から消えていった。


 考えても埒があかないので、俺はとりあえず宿へ戻ることにした。


 そういえば、これほどまでに死を意識したのは、いつ以来だろうか。まだまだ傭兵駆け出しの頃は、毎日のように死を身近なものとして考えていたような気がする。


 ここ数年、もはや戦の勝利も当たりまえになっていたからか、死が隣り合わせだということを忘れていたのかもしれない。


 久しぶりに死を間近に感じたからなのか、自分の足が随分と重い。


 宿に着くと、俺は部屋に入って真っ先にベッドへ飛び込んだ。死への恐怖というより、単純に疲れていたのだ。


 考えるのが面倒になり、目を閉じる。


 視界を暗くすると結局、色々な考えが頭の中を駆け巡った。


 もうすぐ訪れる死。

 魔術師の不敵な笑み。

 自分自身の甘さ。

 毒の玉が溶けるまでの残り時間。


 いちいち考える時間を与えられたことが、さらに俺をイラつかせる。


 どうせなら、すぐにでも殺してくれれば良かったんだ。


 ストラツはどうしているだろうか。クソまじめなあいつのことだから、こんなときでも剣の素振りをしているのかもしれない。一日たりとも欠かしたことのない、ストラツの日課だ。


 まあ、そうしていれば余計なことを考えなくて済むかもしれないし、それも悪くはないか。


 剣を振るストラツの姿を想像していると、不意に昔のことを思い出した。



      * * *



 戦災孤児だった俺たちは、同じ孤児院で親の顔も知らないまま育てられた。


 俺はガキの頃から強かった。


 親なしで小汚い俺たちを馬鹿にしてきたガキども。そいつらが連れてきた、一回りくらい年が上の男ども。意味もなく俺たちに絡んできた、街のごろつき。全てぶちのめした。


 俺は大人を相手にしても、負けたことなど一度もなかった。


 それに比べてストラツは、俺が目を離すとすぐにいじめられて泣いていた。だから、街のくそガキどもからストラツを守るのは俺の役目だった。


 自分の強さに絶対の自信があった俺は、考えるまでもなく戦いの道に生きることを将来の目標とした。


 このご時世、俺たちのような孤児にまともな働き口なんてない。ならば剣の腕を磨いて傭兵になろう。みじめにこき使われるくらいなら、強くなってのし上がってやろう。そう思っていた。


 だから俺は、ガキの頃から秘かに剣の特訓をしていた。金もない俺を弟子にしてくれるような剣士なんていなかったので、完全に我流だった。近くで戦があったら必ず覗きに行って、強いやつの剣技を盗み見たものだ。


 ある日、俺の一人稽古をストラツに見られた。そのとき、やつが言ったんだ。


「俺も剣士になりたい」


 まるで物乞いでもしているような、おどおどした態度だった。


 お前なんかに剣士が務まるものかと内心では思いながらも、剣を教えることで、自分の技の確認ができるかもしれないと考えた。


 ストラツの剣の師匠は、つまりはこの俺だったわけだ。


 意外にも剣の才能があったようで、ストラツはものすごい速さで上達していった。


 いつしか木の枝を使って、俺と試合ができるまでになっていた。何回やっても勝つのは俺だったが、いい勝負だったと思えることも度々あった。


 あれは十四の頃だったか。俺もストラツも誕生日や実際の年齢なんてわからないのだが、だいたいそのくらいの歳だったと思う。


 傭兵となって二度目の実戦。国同士の戦争に駆り出されたときのことだ。


 俺とストラツは敵側の兵士に囲まれて、窮地に立たされていた。俺が庇っていたこともあり、ストラツにはまだ余力があっただろうが、俺は立っているのがやっとだった。


 絶体絶命の状況に、俺は死を覚悟していた。


 そしてついに、数名の敵兵が一斉に斬りかかってきた。敵を前にして今では考えられないことなのだが、俺はもうダメだというあきらめから、目を固く閉じてしまった。


 その瞬間、複数の男の叫び声が辺りに響き渡った。


 何事かと目を開いた。


 すると、斬りかかってきたはずの敵兵の腕や足、胴体が分断されて、血しぶきをあげながら地面に落ちたのだ。


 周りを囲んでいた兵士たちの肉片が、次々に宙を舞う。四方八方、断末魔の叫びと血と肉の嵐。


 そして視界に入る全ての敵兵が地に伏せ、ただ一人立っている男の姿が俺の目に飛び込む。いや……男と呼ぶにはそいつの顔は、あまりにも幼かった。だが、いつも俺に見せていた、気の弱そうな顔ではない。自ら散ばせた死体を見つめるそいつの目は、かつて俺が見てきた誰よりも鋭い殺気に満ちていた。


 俺は、物心ついた頃から一緒だったはずのストラツのことを、まったく理解していなかったのだ。


 剣の才能はあるようだが、覇気がなさすぎる。おそらく実戦では半分の実力も出せないだろう。だから、俺が守ってやらねばならない。そんなことを思っていた。


 だが、違ったのだ。


 命をかけた戦いの前でこそストラツは、敵に対してどこまでも冷酷になれるやつだった。


 俺はあのとき、死体の山の頂上で微動だにせず無機質な表情を浮かべるストラツの姿に恐怖し、そして魅了されていた。

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