第3話 医療魔術診療所


 俺とストラツは、城下町のはずれにある行きつけの診療所を目指していた。


 ストラツは滅多に怪我をすることはないが、肉体任せの無茶な戦い方を好む俺は何度も世話になっている。


 一角獣の角が貫通した腕をわずか三日で完治させてしまうほどの医療術師が、その診療所には存在した。恐らく国中を探しても、彼女ほどの名医はいないだろう。


 診療所へと向かう目的はもちろん、体内に埋め込まれたという毒の玉を摘出してもらうためだ。しかし、自らの油断によってそんなものを埋め込まれたなど、認めたくはなかった。


「へ! どうせハッタリだろ」


 とりあえずそう言い捨てる。


「どうかな……。死ぬ間際の者の言葉だ。無視はできない」


 本当はそんなこと、言われなくてもわかっている。死ぬ間際などという理屈を抜きにしても、メイザーという男の残した呪いが苦し紛れの嘘だとは到底思えない。このまま何もしなければ、俺たちはただただ死を待つのみだろう。


 魔術師メイザーの宣告まで、あと三十時間ほど。


 わりと時間的な余裕はあるな、と思った。不覚をとった悔しさはあるが、今のところ俺の心に焦りはないようだ。


 狭い路地を抜けて、城下町中心部の賑やかさから一変。のんびりとした住民たちが行き交う静かな町外れの居住区に、その診療所はあった。


 診療所の入り口には古びた木製の扉があって、五芒星の形をしたステンドグラスが埋め込まれている。五芒星には聖なる力を増幅する役目があると言われているが、そんなものはただの迷信だ。しかし医療術師も魔術に属するので、神への信仰を示す五芒星を掲げるのは商売上必要なことなのだろう。


 それにしても、薄汚いレンガと田舎の酒場を思わす古びた扉を見るたび、本当にこの中に国内屈指の医療術師がいるのかと疑いたくなる。


 俺は少々乱暴に扉を開けた。派手な音が診療所内に響き渡り、たいした怪我や病気もしていないような患者らしき連中が、俺に驚きの視線を向ける。


「アグラさん、お久しぶりです」


 診療所内をパタパタと忙しそうに動き回っていたクランベルが、足を止めて笑顔を向けた。


 クランベルは幼いながらも医療術師の助手を務める、とてもよくできた女の子だ。いずれは彼女も医療魔術の技を受け継いで、最高の医療術師になることだろう。


「マリスはいるか?」


 俺はそれだけを言うと、クランベルの返事を待たずに診療所の奥へと進んでいった。ストラツも俺の後に続く。


 診察室をさえぎる布きれを右手でどけると、患者を治療中のマリスがいた。


 俺から言わせればかすった程度の傷が、マリスの手から放出される光によってうにうにと閉じていく。マリスにかかれば、そんなみみっちい傷なんてほんの数秒だろう。


「いきなり治療室に押しかけるなんて、相変わらず無礼な連中ね」

「無礼なのはアグラだけだ。連中というのは訂正してもらいたい」


 マリスの冷ややかな言葉に対し、ストラツが弁明した。


 俺の後をついてきてここまで入ってきたくせに、いつもながら剣を収めたときのこいつは男気にかける。


「診察なら順番を守りなさい。それとも治療費のツケでも払いに来たの?」

「急いでんだ! 俺たちの体を診てもらいたい」


 治療中の男も待合室にいる連中も、どうせ全員かすり傷や症状の軽い風邪か何かだろう。 見た目で驚いてくれるような派手な大怪我でもしてきたほうが、話が早かったか。


「マリス。俺たちの命のリミットは、あと一日半にまで差し掛かっている。申し訳ないが緊急を要するんだ」


 ストラツが落ち着いた声で説明すると、マリスは髪をかきあげながら大きくため息をついた。


「クランベル。待合室の患者さんに説明して、少しだけ待ってもらってて」

「は、はい!」


 クランベルは慌てた様子で返事をしたあと、待合室へと戻っていった。

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