二組織の対立③
握ったハンドルを人差し指でとんとん叩きながら、姫輝は時計を頻繁に確認する。
無言で八つ橋を咀嚼しながら、目的地に到着するのをじっと待つ。
途中、色々気になる店を見つけたが寄ってくれそうにないので、残った八つ橋をちびちび食べて紛らわす。
「八つ橋どうで……」
「食べねーって。何で未成年のガキを乗せて運転しなきゃなんねーんだ」
「その様子だと……彼氏とか居なさそうですね」
「っるせ……ま、まだ若いから良いんだ、二十二だし?」
見た目は大人っぽいので二十六歳くらいに見えたが、意外と下の二十二歳だった。
だがそんな事言ったら、この人は前の車に構わずぶつけるかもしれない。
ELIZAが直ぐに年齢の欄を埋めて、プロフィールを着々と作り上げていく。
あと空いている欄は、誕生日と好きなものと嫌いなものだ。
正直後の二つは必要なのかと思ったが、必要なのだろうと八つ橋を口に咥える。
「二十二で警部って、相当凄いですね」
「そういうお前はその歳でMI6の五本指に入ってるんだろ、それもその5人には特殊な能力が埋め込まれてる。そう聞いている、日本の諜報部から」
姫輝はプロフィールの載った紙を持ち上げて、八ツ橋の箱が乗った俺の膝に投げる。
粉を拭き取ってその紙を手に取って見ると、こんなアナログで小さな媒体に、本当に色んな事が書いてある。
年齢や身長、性格に出自。
だが出自の欄は空白で、何も書いていなかった。
思い返せば、自分はMI6の頃からしか記憶が無い。
記憶が始まったのはMI6の支配者であるクイーンの部屋、親の顔や兄妹が居たかもさえ知らない。
居るのはELIZAとユージーンと上官のクイーン。気が付いたらクイーンの前に立って、命令を聞いていた。
「確かに、自分でも分かりません。ですが過去はどうでも良いです」
「そうか、最近では日本からテロに参加する連中が多い。今回の件は恐らくそれだろ」
突然仕事の話になったが、それはそれで助かったかもしれない。
恐らく姫輝も何を言ったら良いのか分からなかったのだろう。
「それをどうする」
「さぁな、抑え込めとかなら楽なんだけどな。上の爺さんらは、再び大東亜を纏め上げたからな。戦争でもおっ始めるんだろ」
「呑気なんだな」
「まぁな、どうせ警察は国内の取り締まりだろうし。前線に送られるのも特殊部隊だけだ、何より興味無いしな」
馬鹿馬鹿しいと言う顔で、姫輝は命令の書いてある紙を後部座席に投げ捨てる。
時刻はAM10:30過ぎ、天気は晴れ。
ELIZAは角膜に天気予報を映し出し、手に持っている棒で晴れマークをぱしぱしと叩く。
「何処と戦争するつもりなのでしょうか」
「それは私も知らねー」
突然煙草を咥えた姫輝は、ライターで火を点けて煙を吐き出す。
「煙草は辞めて下さい。体に悪いです」
「窓を開けてやるから我慢しろ、溜まったストレスが煙になって出るんだ、誰も迷惑しねーだろ。制府社会の勝手な押しつけだ、ほっとけ」
言っても聞かないので、姫輝が咥えている煙草を取り上げると言う強行手段に出る。
煙草の代わりに八つ橋を口に咥えさせて、煙草の火を消す。
「今後から煙草ではなく、八つ橋を咥えたらどうですか」
姫輝の服のポケットから煙草とライターを取り出して、自分のポケットに仕舞う。
「返せ、それが無いとイライラで死にそうだ」
「嫌です。人は簡単に死にません」
「煙草の何が悪いんだ」
「全てです。一利も無い所です。中毒性があり、軽い麻薬みたいなものです」
八つ橋を胃袋に落とした姫輝は、舌打ちをしながらも手を出す。
八つ橋を手の上に乗せると、それを口に運んで食べる。
あっという間に八つ橋が無くなったので、今度は八つ橋の代わりに自分の手を置く。
「何してんだよ」
「無くなりましたので、手を繋ぐだけで我慢して下さい」
「離せ」
「断ります」
それ以上何も言わない姫輝は、片手運転のまま左手を肘置きの上に起いて、手を握り返してくる。
「楽しいか、これ」
姫輝は左手を軽く振ると、握っている手を上げる。
バックミラーを確認すると、黒塗りの車がずっと張り付いている。
「どうやら、カップルって事で誤魔化し切れそうにないか。日本の軍は流石だな」
姫輝の手を離して、後部座席に素早く移動する。
「撒いたと思ったんだけどな、監視を付けられるのは不快だな」
「ELIZA、次の信号が変わるのは何秒後」
プロフィールに情報を書き込んでいたELIZAは、視界の情報を全て片付けると地図を表示して、ひとつひとつの信号に変わるまでの時間を表示する。
「一つ先のは三秒後、そのもうひとつ先は八秒後」
「ひとつ目は間に合わないが、ふたつ目は出来そうだな」
ひとつ目の信号は予想通り、どちらも通過する。
姫輝は車のスピードを抑えて、信号が変わるタイミングを計る。
「四、三、二、一、黄色です」
信号の二十メートル手前で速度を上げて、黄色信号で通過する。
引き離された後ろの車は赤信号に捕まり、撒くことに成功する。
「よしっ、撒いたな……ってそう上手くいかないか」
「二台に増えたな」
交差点を通過した際に、新しく二台が加わっていた。
「本当に軍の連中は嫌な奴ばっかだな」
急ブレーキを踏んだ姫輝は車を止めて、後ろの車を全て止める。
一台は横を通過していったが、一台は引っ掛かる。
運転席から下りた姫輝は、黒塗りの車の窓を叩いてドアを開けさせる。
姫輝に続いて車から下りて、姫輝の隣に立つ。
「何だ君は、道路の真ん中で止まるだなんて迷惑だと思わ……」
「迷惑してるのはこっちだっての、張り付こうだなんて考えんな。軍人が何の用だよ、用があんならここで聞いてやるよ」
男は運転席から出て来て、姫輝と真正面から視線を交える。
姫輝は警察手帳を取り出して、軍人の顔の前に突き出す。
「軍人だろうが、公務執行妨害でしょっぴくぞ」
「妨害行為はしていない」
「なら、やるか?」
それを聞いた軍人は車の中に戻り、この場から立ち去る。
服を漁る姫輝は全てのポケットをぽんぽんと叩いてから、何かに気付いたように諦める。
再び車で何処かに向かう姫輝は、イライラが積もった顔で運転を続ける。
煙草を一本取り出して、火を点けてから姫輝の口に咥えさせる。
「何処に向かってるんですか」
「ん? あぁ、警視庁に行ってから、ヘリで佐世保の軍港」
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