組織の対立②

「MI6のM029だ、あんたが担当官か?」


「そうだけど、お前糞餓鬼じゃないか。イギリスはそんなに人手不足か?」


壁から離れて歩き出した女性は顔を合わせるなり、あからさまに嫌な顔をして悪態をつく。

気にせずにその後に続くと、先程の警察官に腕を掴まれて止められる。


「何だ」


「いや、まだ大丈夫じゃないからな」


こんな事をしている内に、どんどん女性は外に向かって歩いて行ってしまう。

手を振り解こうと腕を振るが、警察官はそれに対抗して強く腕を掴む。


もう一度女性を見ると、こちらに向かって戻って来ていた。


「この空港の中に、外国の方向けに和菓子が販売されていますよ。この機会にどうでしょうか、和菓子デビュー」


「五月蝿い」


ELIZAは空気を読まず、目を輝かせながら、空港にある和菓子店のメニューを次々に表示する。

抹茶アイス、わらび餅、ういろう、もみじ饅頭、きんつば……八つ橋……みたらし団子……たい焼き。


「見て分からないのか、私は日本警察警部の雲母きららだ。これはイギリスからの客人だ」


戻って来た女性は警察官の腕を叩いて、俺の手を取って戻って来た道をまた戻る。


「なぁ、八つ橋とみたらし団子とたい焼きが食べたい」


立ち止まった俺に引っ張られた女性は、前に出した足を地面に着く事が出来ず、後ろに仰け反る。

反転して体勢を直した女性は、非常に面倒臭そうな顔をしてから、「断る」と、短く話を終わらせる。


「残念だ」


「だから断る……あぁぁ、そんな目で見るな。分かった、買ってくるから待ってろ」


女性は重い溜息を吐いてから、空港の和菓子店で注文を済ませて、和菓子の入った袋を腕にぶら下げて戻って来る。

立ち止まる事なく腕を掴んで歩き出した女性は、左手に持っていた袋を突き出してくる。


「有難う、ひとつ……」


「要らねー」


「そうか、一緒に食べれたら……」


「たい焼き」


袋の中からたい焼きを取り出して、女性に手渡す。

たい焼きを受け取ると、早々と口に運んで、咀嚼を始める。


「たい焼き、頭から食べるんだな。ELIZAが出してきた情報には頭からか尻尾からか、タイプが二つあるそうだ。いや三つだ、割って食べ……」


「分かったから早く食べろ。ここのは初めて食べるが、案外美味しいぞ」


「俺は尻尾から食べる」


たい焼きの尻尾を一口齧ると、カリカリとした食感に、甘い餡子が混ざり合って、洋菓子では体験した事の無い様な味が広がる。


「何だ、思わず笑みが零れるほど美味かったか?」


食べる様子を見ていた女性は、笑いながらそう聞いてくる。


「笑ってない。けど美味しい」


想像以上の味に、日本の和菓子に一瞬で心を射抜かれる。思わぬ出会いに、日本に来て良かったと初めて思う。

そして気付けばたい焼きを食べ終えていて、次を早く食べようと、掴んだみたらし団子を取り出す。


串に刺さっている一番上の団子を口に運ぶ。

もちもちとした食感に、タレのしょっぱさが甘味と混ざり合い、初めての味だが不快では無い味が広がる。


「おい、よく噛めよ餅は。喉に詰まらせて死ぬやつも居るからな」


「そうか、有難う。食べかけだがどうだ」


一つしか買ってきていなかったので、みたらし団子は自分しか食べられない。

だが、少しでも誰かと共有したい、こんな事は今までに無かった。


「食べねーからな、私はお前と気持ちを共有するつもりは……あぁもうひとつだけ」


またも渋々と言う様子で口を開いた女性に、みたらし団子の串をゆっくりと口に入れる。

団子を咥えた女性は、ロクに噛まずに飲み込んでから顔をこちらに向ける。


「美味しいか」


「そうだな。だから八つ橋は食べねーからな」


「何故だ、恐らく美味しいはずだあ。和菓子は嫌いか?」


「嫌いじゃない、休日はよく食べる。だが今は任務中だ」


空港の地下立体駐車場の車に乗り込むと、女性は指紋認証でエンジンをかける。


「なぁ」


「何だ」


「名前は」


雲母きらら


「フルネームだ」


雲母きらら姫輝きら


車内が暫く沈黙に包まれた為、意を決して思った事を伝えてみる。


「きらきらだな」


「事故ってやろうか」


「断るきらきら」


「前の車に突っ込むぞ」


それを聞いたELIZAが、何も映していない視界の隅で、雲母についてのデータを更新していく。

そんな会話をしながら信号に捕まり、ゆっくりと車が停止する。

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