落ち着く御呪い

日本に来て数時間、佐世保まで連れて来られ、気付けば日本海軍の軽巡洋艦川内に乗せられていた。

ヘリコプターで着いた瞬間、違法操業をしている中国船が日本の海域に現れたと言う理由だった。


日本はイギリスと友好関係があるらしく、「ウチの若いのが行くから、好きに使ってやってくれ」だそうだ。

MI6のトップと、日本の誰かが親しい仲なのだろう。


船内から甲板に出ると、姫輝が手摺に体を預けて海を眺めていた。


「南シナに中国が戦闘機を配備し始めた時、日本はこの佐世保の軍港を強化した。イージス艦を配備して、戦艦と空母も作り出した」


「その情報は知っています。噂で聞いたのですが、第二次世界大戦の遺産を隠し持っていると。事実でしょうか」


大和型戦艦の後期型。


翔鶴型航空母艦と、ドイツが持っていた筈の、Graf Zeppelin級航空母艦の後期型。


高雄型重巡洋艦と、最上型重巡洋艦の後期型。


阿賀野型軽装甲巡洋艦と、香取型軽装甲巡洋艦の後期型。


神風型駆逐艦の後期型。


陽炎型駆逐艦の後期型。


秋月型駆逐艦の後期型。


暁型駆逐艦の後期型。


ELIZAが開いた情報はここで終わる。

それを全て読み上げると、姫輝は興味が無さそうに笑う。


「知らないよ。そんなものがあったのなら、日本は世界大戦に負けていなかっただろう。私が聞いた噂では、当時にはもう放射性廃棄物で動かせたとか」


「ならば、燃料を絶たれていたのは、それ程問題では無かったと」


当時は零戦など、戦争兵器を動かすには石油が主流だった。

それを考慮しても、日本に眠る軍艦があれば十分過ぎる程戦えそうだった。


「いや、日本は渋ったんだよ出すのを。未来の為かもしれないし、ただ戦争に疲れただけなのかは分からない。上の考えは何時でも分からないもんだろ」


「成程。ならば、それが見つかれば日本は無敵艦隊ですね。尽きる事の無い燃料、そしてもう一つの技術があれば」


姫輝は突然俺の横腹を擽る。

感じた事の無い感覚に襲われた体はは、反射的に両手で体を隠す。


大人しく引き下がった姫輝は、笑いながら煙草に火を点ける。


「お前はそんなに難しい事を考えなくて良いんだよ。そんなもの見つからない、もしあったらとっくに出してるだろ」


「煙草……いつの間に。渡して下さい、ライターも」


手を出すと、姫輝は自分の手を乗せる。

左目を閉じて微笑んだ姫輝は、手を頭に移動させる。


「何のつもりですか。頭は即死させる事の出来る箇所です、あまり触られるのは……」


「可愛いくない事を言うなよ、何となく落ち着かないか?」


暫く撫でられ続けると、何となくぽわぽわしてくる。

心地良さに包まれて、瞼をゆっくりと閉じる。


「成程。確かに悪くは無い」


「だろ、落ち着く御呪おまじないだ。何時でもしてやるよ」


暫く撫で続けられていると、大きな波で船が上下に揺れる。


「姉弟水入らずで悪いが、アレが違法操業の中国船だ」


海上保安官の男が船内から出て来て、遠くで密漁をしている船を指差す。


「姉弟ではな……」


「姫輝さん準備」


船内の部屋に入って、銃を準備する。

ケースからMP-433を取り出して、マガジンを五本ポケットに入れる。


「待て、武力行使は最終手段だ」


「そうなのか。だが俺たちは最初から殲滅目的だ」


テロリストが動いたら駆け付けて根絶やしにする、それの繰り返しだったイギリスでは武力行使以外に考えが付かない。


「テロリストじゃない、最初から潰す必要は無い。ただ辞めさせて拘束するだけだ」


「拘束なら俺に……」


「銃は出すなよ。刺激してしまう」


再び甲板に出ると、船から超小型撮影機が飛び立ち、軽巡洋艦の上にピッタリと付く。

中国船はこちらを認めると、スピードを上げて逃走を図る。


川内も速度を上げて追う。

逃げ切れないと諦めたのか、中国船は川内の艦首に体当たりをする。


「敵対しているとはっきりした。拘束する、傷は付けない」


接舷された状態となった甲板から、中国船の甲板に飛び移る。

船内から出て来た中国人が何かを叫んでいるが、他人の庭に踏み入って注意されて逆ギレしている、ヤバイ奴にしか見えない。


生憎中国語が分からないので、何も反応する事が出来ない。


「ELIZA翻訳」


「翻訳します。来るな、出て行け。その他罵詈雑言を発しています」


ELIZAが意味も無く暴れ回っている視界が少し暗くなり、何かが横から覆い被さる。

後から飛び移ってきた姫輝に、お尻を軽く叩かれる。


「命令違反だぞ。今上から実力行使の命令が出たから良いが、これからは命令が出るまで動くな」


「最初から実力行使の命令が出ているのではないのか? で無ければ危険、命令が出てからしか動けないなんて」


船内からもうひとり、包丁を持った船員が出て来る。

ずっと叫んでいる男の横に並んで、包丁を振り上げて叫び、威嚇してくる。


「どちらも貰って良いですか」


「お前に叫んでるだけの方をやるよ」


「なら、包丁の方に行かせてもらいます」


「ならじゃんけんだ」


姫輝と向き合い、拳を出して最初の構えをする。


「じゃんけ……」


じゃんけんの途中で走り出した姫輝は、包丁を持った男を素早く畳む。

少し出遅れた為、不本意ながらも叫んでいただけの男を取り押さえる。


「狡いですね。譲ってあげたのですから、後で甘いものでも奢って下さい」


「ディストーション展開、数はひとり。武器はアサルトライフルです」


目の前に展開された透明の壁が、襲い掛かろうとしていた弾丸を止める。

スーツの中のMP-433を抜いて、アサルトライフルに向けて三発発砲する。


「あぁぁ!」


船内に居た男は悲鳴を上げて、端っこで縮こまる。

縛った手首のロープを船の窓のフレームに繋ぎ、姫輝が船内の男を甲板に引き摺り出す。


「さっきのが特殊兵装か? MI6でも五人にしか実装されていない」


「そうなります。ディストーションは五人の中でも俺だけですが。それぞれ違う特殊兵装が積まれています」


海上保安官が後から乗り込んで来て、船内を捜索し始める。

捜索は保安官に任せて、川内の中に戻る。


共有部屋の相手は姫輝で、二人にしてはあまり大きくない部屋だった。

日本に着いたのがそう早くなかった為、陽が傾き始める。


水平線に半分まで沈み、綺麗に海を紅く染める。

窓から見える太陽は、もう海に飲み込まれていた。


「疲れたか? こっち来い」


上のベッドに座っていた姫輝は、下のベッドに座っていた俺を呼ぶ。

少し疲労が蓄積した体を持ち上げて、二段ベッドの上に上がる。


向かい合って座ると、姫輝は少し空いていた距離を詰める。


「まあ、少しは頑張ったんじゃないか。命令違反もあったが、褒美だ」


「甘いものは奢ってもらいますよ。あと……頭……撫でて……くれませんか」


紙袋を受け取って、頭を前に出して目を瞑る。


「そんなに照れて言うこと……か。まあ、言った通りこれくらいは何時でもしてやるよ」


「有難う御座います。とても落ち着きます」


暫く身を任せて、わしわしと頭を揺らされる。


脚を組んで座っていた姫輝の膝の上に倒れ込み、小さく丸まって寝る。





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