ELIZA②
「おい、お前金持ってるんだろ。死にたくなければ口座キーを寄越せ、早くしろ!」
重いマンホールを閉めている途中、先程入口に居た2人に、突然頭に銃を突き付けられる。
1人は背後に回った男に、後頭部に荒々しく銃口を突き付けられる。
「ケーキを食べに行こう。ここら辺のカフェを表示しろELIZA」
2人に構わず歩き出すと、背後から発砲音が2回鳴る。
座り込んでいたELIZAが立ち上がって地面から浮き上がると、両手を広げて、目を真っ赤に染めてプログラムを展開する。
「ディストーションを展開しまーす!」
ELIZAが右手を上げて元気良く言うと、背中スレスレで弾丸が止まる。
背後に振り返って2人を真正面から睨むと、狼狽えてもう一度銃を構え、開いていた口を無理矢理閉じる。
「もっと撃て! どうせ防弾スーツだろ。貫通させてやれ」
そうして強がって必死に撃ち続けていたが、マガジンの弾が全て切れた2人は、声にならない叫び声を上げながら走って逃げる。
収束した見えない壁が無くなると、浮いていた弾丸が地面に落ち、路地裏に1人取り残される。
「説明しろELIZA」
「はい、昨日の手術で取り付けられたものです。MI6の中でも今はM029さんだけしか実装されてません。ディストーションは展開する代わりに動きが制限されてしまいます。そして展開時間も有限です」
「勝手な事を、クイーンか」
カフェを探しながらオックスフォード・ストリートに出ると、渋滞した道路の真ん中で、警察とテロリストが衝突していた。
街の中で堂々と銃撃戦が展開されており、道路の真ん中には、逃げ遅れた一般市民が逃げ惑っている。
面倒な光景を目の当たりにしたと同時に、視界を近辺のカフェの情報で埋め尽くす。
ここから近くて美味しそうな見た目のケーキを見て、いくつかの店をリストに移動させる。
「このケーキ美味しそうだな。いちごソースのパンケーキとか、パフェも……って違う」
我に返って視界を埋め尽くしていた情報を片付けて、車の後ろに隠れていた警察官の隣に行く。
怯えて銃口を向けてくる警察官にエージェントの手帳を見せて、隣に座ってドアの後ろに身を隠す。
「MI6のエージェントか、応援に来てくれて感謝す……」
「報酬は」
「何を言っているんだ、テロ鎮圧はMI6の仕事でもあるんだぞ」
「今は休暇期間だ。あと普通でも金は貰ってる」
「分かったから、取り敢えず鎮圧を手伝ってくれ!」
ドアの陰からゆっくりと出て、コルトガバメントの射程距離内まで歩いて接近する。
先程買ったベレッタを左手に持って、直ぐに切り替えられる様にしておく。
「ディストーションを展開致します。耐久時間残り8秒、7、6」
「五月蝿い、邪魔だ」
ディストーションが展開されている為、こちらの弾丸も止められてしまう。
こちらも攻撃が出来ないが、あちらも攻撃が出来ない。この間にテロリストとの距離を詰めて、即死する程度の射程距離には入っておきたい。
途中、乗り捨てられていた車に乗り込み、ELIZAにセキュリティをハッキングさせて起動させる。
アクセルを全開で踏んで、速度制限を解除し、警告が鳴り響く車からドアを開けて乗り捨てる。
そのまま走っていった車はテロリストの一部を吹き飛ばしながら、店にぶつかってやっと止まる。
その隙に違う車の陰に隠れて、残ったテロリストの殲滅に当たる。
弾の切れたベレッタをホルスターに入れて、MP-433を取り出す。
ベレッタをリロードしている間はMP-433を撃ち、何とか間を持たせる。
流れの急速な変化から不利と見たのか、撤退を開始したテロリストは、乗ってきた軍事車両に乗って退散していく。
だが、命からがらの逃走虚しく、車でバリケードを作っていた警察に捕まる。
「ディストーションを使い切ってしまいました。本日の分は……」
「もう良い」
報酬の約束をしていた警察官の下に行くと、突然右手を差し出される。
「協力感謝する」
その手を握らずに腕を引っ張り、警察車両の横に移動する。
「協力した気は無い」
「分かったよ、報酬は何が良いんだ。あんまり突飛なのはやめろよ」
今月は金欠になる事を覚悟した様な言い方をして、警察官は大きく肩を落とす。
「最近美味しいと評判のカフェに連れてってくれれば良い、情報の海は迷子になる」
「そんなんで良いのか? 俺はなんか、もっとこう、めちゃくちゃ言うかと……」
「道案内が欲しかっただけだ、文句あるか」
「無いよ、君は本当は優しいんだな」
警察車両の助手席に乗って、走り出した際の警告を黙らせる為にシートベルトを締める。
「道案内ならELIZAちゃんににお任……」
「黙ってろ」
無惨な戦場の跡を見ていた警察官が運転席に乗って、手首に着けていた認証票で車を起動させる。
目を瞑ってカフェに到着するのを待っていると、向かっている道路の途中で警察官が口を開く。
「名前は?」
「M029」
「いや、エージェントのコードネームじゃなくて。戸籍に載ってる方の」
「無い」
一気に悪くなった空気のまま赤信号で車が止まると、横断歩道を守る為に展開した壁の内側を、大量の人が無表情で横断して行く。
通行人の1人が立ち止まってこちらを見て、不意に隠し持っていた銃口をこちらに向ける。
意表を突く行動に、突然起こった事態に反撃の体勢が整っていない。
ディストーションは使い切った、相手より先に撃つのは間に合わない、そんな事を考えている内にも、銃を持っている男の指は引き金を引く。
シートベルトの金具を撃ち壊して、咄嗟に警察官の上に覆い被さる。
「うぉぉぉぉ!」
叫んだ警察官は、弾丸が当たったハンドルを見て声を荒らげる。
男の撃った弾は運良くハンドルに当たって、貫通せずに止まっていた。
フロントガラスに振り返ってコルトガバメントの引き金を引くが、カチッと音が鳴るだけで、発砲音が響かない。
いつもいつも思うが、何故こう言う大事な時に動作不良が起きるのか分からない。
「大丈夫か、当たってないか?」
「出せ、轢き殺せ」
ELIZAが車の操作権を掌握してエンジンを回すと、車は急激にスピードを上げ、テロリストの回避行動虚しく、その体を空高く吹き飛ばす。
ハッキングで壊した横断歩道の壁を再構築して、本部に処理班の手配だけをして座り直す。
「やっちまった。そうだ救急車」
「放っとけ」
「馬鹿言うな、テロリストだろうと人を轢いちまったんだぞ?」
「興味無いね」
言い合いをしている間に、テロリストは血を流しながら、這って裏路地に逃げてしまう。
助手席から出てテロリストを追い掛けようとすると、警察官にシートベルトを腕に巻き付けられて引き止められる。
「ケーキを早く食べないと死ぬ」
「ケーキケーキ五月蝿いんだよ、殺した後のケーキとか喉通らんわ!」
無駄な時間を浪費した所為で、逃げた男を完全に見失い、仕方無く追い掛けるのを辞める。
渋々警察車両の助手席に戻って、緑色になっていた信号を確認して交差点を進む。
「あんたの都合は知らない」
「アイルだ。俺はやり合った後とかには喉を通らないんだ、お前いくつだよ。まだ成人すらしてないだろ」
「してない。何であんたもケーキを食べようとしてる」
「成人してないのにMI6って、そんなに人手不足なのか?」
「いつでも」
車が右に曲がると、目的地のカフェに到着する。
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