ランダムウォーク

鰐人

n=1

 これはおそらく、僕の恋のお話。誰かに愛されたかった僕と誰かを愛したかった彼女が何度も出会いを繰り返して、やがてキスに至るまでの物語。

 その粗筋だけならこの上なくロマンチックな物語のように思えるのに、実際はどうしようもなく薄っぺらいのは、僕らがあくまでも偽物に過ぎないせいなのか、それとも恋愛ってやつがそもそも薄っぺらいせいなのか。

 あるいはその両方ではないかと、僕は疑っている。


【一巡目・合コン】

「で、お前は何しにきたんだよ?」

 そう吐き捨てた、向かい側に座る彼女は、さっきからずっと子犬くらいなら射殺せそうな目つきで僕のことを睨み付けている。右手のグラスにはジントニック。それを彼女は一息で飲み干して、もう一杯、と宣言する。瞬間、グラスの中は再び透明な液体で満たされる。

 こうやって彼女は僕を罵りながら、延々とジントニックを飲み続けている。

「自分から何も話そうとしないで、へらへらへらへら愛想笑いばっか。ここが何をするための場所かわかってる?」

 お互い様だ、ということを僕は言わない。終始むっつり顔で、誰彼構わず皮肉と暴言を放ってばかりの君こそ、なんてことは。僕はビールをちびちび飲みながら曖昧な笑みを浮かべる。それを見て彼女はさらにヒートアップする。

 第一印象はそう悪くはない。彼女は、どちらかといえば美人な方に分類できる。しかし、剣呑な目つきと棘のある振る舞いが全てを台無しにしている。始めこそ男性陣が積極的に会話を試みたものの、真正面から殴りかかってくるような彼女の暴言に、早々とコミュニケーションを諦めていった。

 隣の様子をちらりと伺うと、彼女が僕を標的に定めたことをこれ幸いと、残りの人たちはこちらを意に介さずに盛り上がっている。うち何人かは既に次のアポイントを交わしているようだ。何巡後にまた会おうね、と。ちくしょう。僕もそっちに入れてくれ。

「全然楽しくねえな」と彼女は言う。

 こっちのセリフだ、ということを僕は言わない。誰かこの場をどうにかしてくれ、と小さく呟くと、目の前にある空っぽの皿に軟骨の唐揚げが山盛り現れた。違う運営、そういうことじゃない。

 ピピピピ、と参加者の左手首についたディスプレイが一斉に鳴き声を上げた。見ると、そこにはこう書かれている。残り五分。

「えー、それでは宴もたけなわではありますが」と僕から一番遠い席に座った男性が声を上げる。もちろん彼は幹事でもなんでもなく、ただリーダーシップを発揮して女性にいい顔を見せたいだけだ。「どうやら今回はこれで終了となるみたいです。良い出会いがあった人は次に繋げていきましょう。あなた方の旅路に、良き恋が待っていることを祈ります」

 ぱらぱらと拍手が起こり、向かいの彼女はジントニックを飲み、僕は唐揚げをぱくつく。しゃらくせえと彼女が言う。そこは同感だったので僕も頷いておく。

 こんなところに送り込みやがって、と僕は自分のオリジナルに恨み言を呟く。まったく、自分にできないことをアバターに期待するなよ。

 恋愛なんて僕にできるわけないだろ。僕はお前の分身なんだから。

 そして、視界が揺れる。

 シャッフルが始まる。

 周りの景色がモザイクのように粗くなり、徐々に暗くなっていく。暗闇の中に人の姿だけが取り残され、そして一人ずつ空中に浮かび、どこかへと飛んでいく。

 何をしにきたのか、と彼女は僕に尋ねた。

 決まっている。

 運命の恋人を探す。そのために僕は生まれた。

 得体のしれない浮遊感が全身を包むのを感じる。そして僕も次の舞台へと移動を始める。

 シャッフル。

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