第5話

林檎堂。

昼は小洒落た喫茶店、夜は悩める人が集うバー。

そして、訳ありな者が集う家。


そんな空間に俺はなぜかいる。

巨漢の男と黒髪の女といる。

カチコチと時計の秒針だけが申し訳なさそうに響く。


「まぁ、そんな訳だ」


「あんまり理解できないんですけど、俺は此処に住むんですか」


「当たり前だ、此処でゆっくりしてけ」


「なんで俺なんですか、もっと他の人がいるはずなのに」


「そりゃ、運命さ」



マスター、そりゃないぜ。

そう言ってやりたかったがそんな勇気も無い。

意味深げに放ってマスターはコーヒーメーカーの手入れをする。


「あ、俺は高尾 マサヒロだ。適当にマスターって呼んでくれ」



マスターが思い出したように付け足した言葉に俺も思わず反応する。


「俺は、三浦 ナオキです。三十四です」


「直樹か、よろしくな三十路のムスコ」



俺、息子なんだ。三十路は認めるけど。

ツッコミよりも先に謎の居心地の良さを感じた。

今のこの土壇場な状況にも馴染めているだなんて自分でも恐ろしい。



「煙草吸ってないで自己紹介しろー」


「…はいはい、ワタシは榊 マコト。年は近いから適当に呼んで」



そう煙草の煙ごと吐き捨てるマコトさん。

クールというかシャイというか。

カッコイイ女性だなと不覚にも胸がときめいた。




「マコト、今何時だ」


「んあ、5時前」


「そろそろ帰って来るな、買い出し行ってこい」


「わかった、ナオキ行くぞ」


「‎え、俺も?」



ゴタゴタ言ってるなと 、マスターに金を持たされ

閉め出されては、マコトさんと買い出しに行くことになった。



「あ、のマコトさん」


「マコトでいいって」


「…マコト、マスターが言ってたの何?帰って来るって誰が?」


「アタシ達の他にもいんのよ、住んでる奴が」


「それは」


「三十路で女房に捨てられたダメ男とその男のしっかりした子供二人」



若くして奥さんに逃げられたちょっと頼りないサラリーマン。

子供の一人は小学生の男の子。もう一人は中学生の女の子。



聞いただけじゃ全く検討もつかないが

たいそう、個性豊かな人達なんだろう。



しばらくして、スーパーについた。

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