モテる男の『らりるれろ』

「ご注文どうぞー」

「あ、コーラとフライドポテト1つ」


 思わず裏口にいた美藤みふじを呼び止めると、彼女はオレをじっと見つめた。走りよったはいいものの、何を伝えることもできず狼狽えていると、「今日は7時までだからなんか食べて待ってて」と店内を指差し提案してくれたのでオレはそれに乗っかり待つことにした。

 なんだかんだこの店に来たのは初めてだ。よく来ていれば美藤みふじのバイト先だと気づくこともあったかもしれない、と後悔しても遅い。あげたての温かいフライドポテトをつまみながら、オレはそわそわしていた。周囲からの見えかたなど気にするほど余裕がなかった。


 言う、美藤みふじに好きだって。




 窓の向こうは人通りが増し、薄暗くなっていた。もうすぐ約束の時間。

 すでに空になっているグラスを持ち上げ、下ろし、何度か繰り返したところで美藤みふじがやって来た。

「それ、空だけど。」

 知ってる、と言いたかった。でもうまく動かない。


 レジで会計を済ませると、美藤みふじは近くの公園の自販機でカルピスを買った。

「で、なに?なんかあったの?バイト先聞き出してまで」

「そ、それはほんとごめん」

 言いたくなかったものを誰かから聞き出してまで来るなんて、たしかに嫌だろう。

「……いなく、なるのか?」



 ゲコゲコゲコゲコ…



「うん。」

 美藤みふじは相変わらず真顔で、その内側で何を思っているのかなんて感じさせなかった。カルピスをのむ姿とそれを煽るようなカエルの鳴き声。

 3分の1ほどのところでキャップを閉め、口の筋肉だけを動かし始めた。

「前から考えてたし、そしたらこうなることも分かってた。だから別にいいの」

 オレはよくないよ。

 そう言えたらどんなに楽か。

「むしろ両親には申し訳なく思ってる。私のわがままなんだから。」

「わがまま?」

「そう、私が頼んだの。快諾してくれた。内側ではどう思ってるかわからないけど」

 まさか、留学とかか?

「それだけなら、私帰る」

 歩き始めた彼女の背中に、唇が開閉する。そこに音はない。



 本当は転校続きはさびしかった

 友達ができたって思った

 口が悪いところにほっとした

 かわいい顔だなって思ってた

 オレンジに照らされると尚更きれいだ

 机の落書きが消せなかった

 コアラのマーチを好きになった

 毎日、きみのことばかり考えてた



美藤みふじが好きだ!」



 幸い、周囲には誰もいない。街灯に照らされて小さな虫が飛んでいた。


「毒舌で、わがままで、意地悪で、笑うとかわいくて、でもいつも真顔で、でもそういうところが好き、ぶ!?」

「ばかっ、そんなの叫ぶな」

 彼女は戻ってくるなり、オレの口を両手で塞いだ。鋭い目付き、眉間に寄ったシワ、それを見てやっとあの真顔を崩したと嬉しくなった。ゆっくりと手を離したタイミングて、聞きたいことを全部言った。

「お前、留学でもするのか?少なくとも転校だよな?どこ?どこ行くの?ていうかもっと早く言えよ、知らなかったのオレだけ?ていうか全然言っても問題ないようなバイトじゃん!で、どこいくの!?」

 はー、はー、と一気にいったせいで息切れをしているオレに、美藤みふじはぽかんとした。

「え、待って七光ななひかり、それ誰情報?」

「え?誰もなにも、そういうことなんじゃないの?」

「え?」

「え?」



 *



「転校しない!?」

「うん、隣の校舎に移動なだけ」

 じゃぁ、オレの早とちり?勘違い?

「ほら、うちの学校マンモス校だから、普通科と特別科でわかれてるでしょ?私は特別化学科に編入するの」

 ま、まじか。何だったんだよ、オレの緊張と悩みは…。でもきっと、それがなければ伝えられなかった。

 美藤みふじは「勘違い~」と笑った。ああ、またこの顔を見る機会があるのか。

「出来れば、そういう顔を、オレのだって言いたいんだけど。」

 言葉を失ったように口を開けたままな美藤みふじの顔がみるみる赤くなる。そして顔を背けながら手を動かし、「いや、えっと」としどろもどろになる。

 どうやら恋愛は得意ではないらしい。そういうところがまたいい、なんてひとり笑った。


「…こういうときにイケメンスマイルは、ずるいと思うけど。」


「え?なに?ごめん、もっかい」

「何も言ってませんけど?」

 そういう美藤みふじの顔はいつも通り真顔で、結局何て言ったのか教えてくれなかった。

 オレは夏の夜空の下、心得を思い出した。



『ら』くをするな

『り』んとせよ

『る』ーるに囚われるな

『れ』きしを変えろ

『ろ』んより走れ!



 ………どうやらこの心得は、単にイケメンになるためのものではないらしい。いざというとき、オレの背中を押す名言たちだったようだ。

 楽をしようと、告白から逃げなくてよかった。あれこれ考えず、走り出せるオレでよかった。


美藤みふじー、いつから付き合ってくれるの?今日?」

「む、無理!あんたは友達!いきなり付き合うとか、無理!」


 夜だからはっきりとはわからないけれど、彼女は相変わらず眉間にシワを寄せつつも赤らんだ頬を黒い髪で隠している気がした。




「じゃぁ気長に、少しずついきまーす。」



 きみはゆっくり、でも強く、着々と、オレとの距離を近づけてくれたように。

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