モテる男の『まみむめも』
「えー、じゃぁ次の問題を…
語尾を伸ばす癖のある先生の言葉は耳を通り抜けて空気のなかに解けていく。
「あっ、先生っわたしやるよー!ねっ、ぼーっとしてる七光くんもかっこいいから、ね!」
「やだーそうやってポイント稼いで~あたしやるー!」
賑やかなクラスメイトの声も耳から抜け落ちる。きっと1階に落下して床で跳ねているだろう。
「ほんと、今日は一段とアホ面だね。」
隣からの言葉にはっとして見ると、
「そ、そうか?そんなにぼーっとしてる?」
「うん、めっちゃ」
そういうと黒板に向き直して集中し始めた。
そりゃぁ、未だにタオルも返せてないし、すぐそこに好き…かもしれない!かわいい女の子がいれば、ぼーっとしてしまうでしょう!
そのまま黙々と時間は過ぎ、結局ノートは1ページも進むことがなかった。
「ん、いますぐ、やって」
授業終わり、ノートを差し出しながら美藤はコアラのマーチをつまんだ。
「え、なんで」
「やってないんでしょ、女の子達にがっかりされるよ。」
…つまり美藤はすでにがっかりしているのだろうか。そうだとしたら意味がない。でも写さないと尚更がっかりされるぞオレ!
カラーペンが映えるきれいなノートだ。ただきれいなのではなく、要点や注意点、小さなメモ書きが彼女の勤勉さをうかがわせた。休み時間に読書するような子だ、勤勉でも何ら不思議はない。
「あれ、
いつもであればコアラのマーチのお供は文庫本のはずだ。いつの間に相方は単語帳に変身したんだ?
「んー、最近勉強できなくて。こういうときにするしかないかなーって」
「へー、ゲーム?」
「ばか、バイト。」
バイト!あの美藤がバイト!イメージが無さすぎて想像したこともなかった。
「どこでしてるの?」
「ないしょ」
「なにしてるの?」
「ないしょ」
「何時から?」
「早くノート写して。」
はい、すみません。でも少しくらい教えてくれてもいいのに…ひとには言えないような事なのだろうか?言えないバイト…メイド喫茶とか?メイド姿見てー。まさかJKお散歩とかじゃないよな?おっさんと手を繋ぐところなんて見たくねえよ!まさか麻薬密売?組織の闇?犯罪者!
「犯罪者じゃないよね?」
「死ね。」
*
「美藤がバイトかー」
正直、短ければ数ヶ月で転校をしていたような人生だったから、バイトをしようだなんて思考になったことがなかった。だからこそ非現実的な感じがして、美藤のバイトがすごく遠い話のように思えるのだ。
タオルが返せないと悩んだ末のぼんやりが一気に吹き飛び、美藤のバイトに脳がフル稼働したせいで結局1日ぼーっとしていた気がする。また担任からたるんどる!と言われ雑用を押し付けられることも容易に想像でき、自らの行動を省みた。
「そうだ、明日こそタオル返さないと」
鞄の中で過ごすタオルのことを考えると、はやく持ち主に戻さなくてはと焦燥した。その一方でそのタオルこそが一番の繋がりのような気がして返すのが惜しい気持ちさえあった。
*
通学路がいつもとは違う意味で
「なっんで、寝坊なんて!」
とどのつまりオレはぐるぐると考えたあげく寝坊した。カッコ悪い。みんなが席に着く中、へやすりゃ担任の前に走って登場するのだ。たるんどる!の悪夢がよみがえる。てりあえずオレは必死に足を動かした。
「…汗かきすぎきもい。」
担任には出くわし校門で遅刻指導され、汗だくのオレは彼女にも汗かきすぎ指導を受けた。それもかなり嫌そうな顔で。
「あれは仕方なかったんだよ!今は少しましだろ?」
まだ火照りは感じるものの、汗は大分片付いた。恐らく教室に入ってきたオレは余程ひどかったのだろう。
そこへ
「
お忘れかもしれないが彼女は
「いなくなっちゃうって、ほんと?」
え?
オレの視線は
彼女は落ち込んだように力を抜いた後、口端を上げて笑い、「ちょっとさびしくなるね」と話した。
二人はその後いくらか言葉を交わすうち、打ち解けたかのように笑いあい話していた。それはいつもの彼女たちだった。
でもオレは…。
そのうちに予鈴がなり、授業が始まったが頭に入らない。そんな中、思い出したのは心得だった。
『ま』じめであれ
『み』つめあいでおとせ
『む』ずかしい相手こそねばれ
『め』の前のレディを大切に
『も』う一歩を踏み出せ
無理だよ。もう一歩、それはこの場合、告白を意味するのだろうか?オレは玉砕覚悟に動けるほど男前じゃない。
隣の彼女は到って平穏に、その勤勉さを担当教員に向けていた。
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