モテる男の『はひふへほ』

 あんな行動をしてしまうなんて自分で自分が信じられない。美藤になんと言われることか…と怯えながら、

「1週間、通常運転かー」

 たぶん美藤みふじなりに気をつかって、そうするのがいいと思ったのであろう。オレはありがたいけど、罪悪感のような申し訳なさが抜けきらない。

 コーラを片手にスマホをいじっていると美藤が登校してきた。

「あれ、コーラ買っちゃった?」

 そういう美藤の手にはコーラがあった。

「お茶買うつもりがコーラ買っちゃって。いらない?」

 小首をかしげながら聞いてくる美藤は正直めちゃくちゃかわいい。ありがたくもらっておくことにする。

 手渡されたコーラを仕舞おうとしていると、そのキャップには『ばか』と書かれていた。ぐ、いつもなら反抗するけどしにくい…。

「…へんなの」

 何事もなかったかのように対応したオレに向けて小声でそう呟いたのがわかった。ここで「なにが?」と聞けるような男ではない。

 美藤は席につくと文庫本を取りだした。そしてオレのところには数人の女子が寄ってきて、挨拶もそこそこに話始めた。


 ああそうだ、オレは彼女がほしかったんだ。たしかに目の前のこの子達は隣の彼女に比べれば劣るかもしれないけれど、性格が悪い感じはしない。

 これでいいんだ。

 そのうち美藤のところにも友人が寄ってきてなにか楽しげに話していた。これでいいんだ。


 *


『校内に残っているみなさんは速やかに下校してください。悪天候のため、保護者の迎えがない場合はすぐに下校してください。』


 速い人はもう帰っているような時刻、校内に響いた言葉にばたばたと帰り支度が始まる。オレも鞄を持って教室を出た。

 玄関で傘を差すと、その群れの中で不安そうに空を見上げる美藤がいた。一歩先は台風並みの豪雨。どうやら傘を持っていない彼女は出ることをためらっているようだ。それでも決心したようにどしゃ降りのそこに足を踏み出した。

「っ、ばか!」

 オレは急ぎ美藤を追って、その体を傘の中に引き入れた。幸い、まだそんなに濡れていない。

七光ななひかり?」

「風邪引く、家送る。」

 美藤はなにも言わずにおとなしく傘に収まっていた。とはいってもお互い半分は濡れているが、頭は湿気を帯びていない。


 美藤の道案内で靴下がびしょびしょになった頃、なんとか送り届けることができた。ガーデニングされたささやかな庭が美藤っぽいけれど、たぶんやっているのは美藤じゃないんだろうな、と思った。

「ありがと」

 珍しく微笑んで美藤は鞄から鍵を取り出した。それを見守り、いざ帰ろうというときに呼び止められた。手招きをするのはいつものいたずらっぽい薄笑いだ。

 嫌な予感を感じながら警戒し近づくと、彼女の手がオレの首もとに回った。

「はい、これつかって」

 手が離れた首にはタオルがかかっていた。

「それだけ~。じゃぁ風邪引かないでよ?」

 そういって彼女は扉を閉めた。

 こんな不意打ち、アリかよ。


 道中、そのタオルからは美藤に近いにおいがしていた。おそらく美藤のものではなくて、サイズからしてフェイスタオルだから雨で濡れたとき用に玄関においているものだと思う。彼女の父親とタオルを共有したかもしれないというがっかり感と、美藤と共有かもしれないドキドキ感で浮き足立ちながら帰路についた。


 *


「おはよ」

「おー、はよー」

 どぎまぎしながら挨拶をしたっていうのに、美藤はいつもと何ら変わらない様子だ。がっかりしたがそんなのは二の次だ、昨日のタオルを返さねば!

「そういえば風邪引かなかったー?うちは私以外みーんな体調悪そうだったけど。」

「お、おう全然。」

 まずい、意識しないように努めようとするほどむしろ頭が回らなくなる。タオルを返すだなんて別に変なことではないのに…あれ、そういえば忘れてたけど転校続きで誰かにタオル借りるなんて初めてなんじゃないか?しかも女の子?美藤?

「おっ、お…っ!」

 やばい、余計に緊張してきた!どこにタオルいれたんだっけ机?いや違うだろ鞄だ!

 落ち着ける様子がない挙動不審なオレに隣から刺のある声が聞こえた。

「なんか今日のあんた、一層きもい。」

「ほ!?」

 これまでにないほど眉間にシワを寄せて言い放つと机にお菓子の空包装を置いた。

「離れて、捨ててきて、すぐ。」

「!」

 くっそう!なんってことだ!ああ美藤いかないで、まだここにいて、友達とはいつでも話せるだろ!?オレは決心がつかないとタオルを返すことすらできないヘタレチキンなんたよ!

 そして心得を思い出す。


『は』じめては想い人に捧げ

『ひ』めごとにときめきを

『ふ』いうちこそ神業

『へ』たれをかわいく見せろ

『ほ』んきを出せ


 そんな簡単に本気出せるかあ!火事場のバカ力って言葉知らんのか!?家事にならんとバカ力は出せんのだぞ!

 ひとり悶絶するオレを2メートルくらい先の美藤が振り返った。そしてしたり顔で笑って言った。


「へたれをかわいく見せられるなら、本当のイケメンなんじゃない?にわとりくん」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る