モテる男の『なにぬねの』
「やらかした~!」
おれはいつの間に
*
「………なにしてんの?」
「え、あっ!ごめん!」
美藤からの冷たい視線に自分が何をしているのか気付き、慌てて手を離す。
今のはアウト?ギリセーフだろうか?
自分自身の行動に気持ちが動転し、黙りこんでしまった。
「キンモッ!」
*
あの変質者でも見るような目を思い出すと夜も眠れない。間に挟まれた“ン”が俺を変態に見せる。いっそ死にたい。
「せめてもの救いがみんなの後ろだったから見られてないってことか。」
転校続きでまともな恋愛なんてしたことがないオレにとって、イケメンな自分に見合う彼女をつくることがどれだけ大きな夢なことか。
「あー学校行きたくない。」
*
で、休むわけにもいかず。
教室の中を見たが美藤の姿はない。来ていないうちに席につきたい。クラスメイトからの挨拶にもまともに返せないようにビクビクしながら自席についた。
しかし、美藤はその日欠席した。
「
「あー…はい。」
体育祭のことをぼーっと考えていたせいか、何人かの教員に心配され、担任にはたるんどると言われ雑用を頼まれる一日になってしまった。今も頼まれていたプリントの配布が終わったと思ったらこれだ。
「明日のホームルームで使うやつだから、教卓のわきにでも置いておいて、終わったら今度こそ帰っていいから!」
にっこりと笑う担任のことを信じられないが、これを置いたら絶対に帰ってやると心に決めて教室へと引き返した。
階段は夕日の反射できらめき、帰宅部の生徒の何人かとすれ違った。部活をしている人はもうそちらへ行き、していない人は続々と帰っていく時間だ。学校という束縛から解放される生徒たちはまさにこの夕日のようで、オレに反射してきらめいているようだった。
「じゃぁまたねー」
教室から女子がひとり出ていった。視線は教室の中だったからまだ誰か残っているようだ。
「!」
教室には美藤がいた。1日いなかったのにこんな放課後にどうしたんだ?
美藤しかいないこの教室で、彼女に気づかれずに用事を済ませることは困難だった。
「七光?」
案の定すぐに気づかれ、1日考えていたことの原因を目の前にし、頬に熱を帯びるような感触があった。でも窓際の美藤からなら夕日の
「よお。」
「ふ、なにそれ。てか雑用係?イケメン係じゃなかったの?」
相変わらず小馬鹿にしたような口調の美藤はオレを見て嘲笑した。うまい返しなんて浮かばずオレは口を結んだ。
「…私はサボり。で、さっき教室に来たの。」
ふい、と窓の外を見ると文庫本を手に持って窓の縁に座った。これは窓の向こうがベランダだからできるものだと思う。
逆光で美藤の表情は全くわからなくなった。そしてふと荷物のことを思いだし教卓の横に下ろした。
美藤がなんの本を読んでいるのかも、どういう表情で読んでいるのかもわからないけれど、少し光を反射させた瞳と黙々と文庫本を進める美藤の姿から大事の本、または大事な時間なのだということはわかる。それはとても綺麗で、色合いからもあの夜のことを思い出した。
「何みてんの変態」
こちらを見ることなく美藤は毒を吐き、それで我にかえったオレは今までの思考を払拭した。そうだ、こいつはかわいくても毒舌、かわいくてもオレのことは否定的!
「なんでもない、帰る、じゃ!」
美藤の横を急ぎ通りすぎようとすると、「待って」と静かな声と窓の縁から降りる音がした。
「昨日の、体育祭の、あれ、なに?」
「え」
こ、答えられない!まさか恋愛対象で好きかもしれないなんてとても言えない!死だ、待ち構えるのは死だ!
言葉につまり、あーだのんーだの呟き、気づいた。美藤の頬は確かに熱を持っていた。それは夕日のせいにするには少し色が違って、落とされた視線は少し揺れているようだ。
「え」
考えるよりも先にからだが動いていた。窓際にいる美藤の前まで行き、その体を逃がさないよう両手を窓においた。
美藤が顔をあげている。さっきの驚いたような声は美藤だったんだと今さらながら気づく。そしてその小さな顔に自分の顔を近づけた。
ぶちゅ
…ん?これは…
「どさくさに紛れてなにしてんのよばか」
二人の顔の距離は15センチほど。それを阻んだ壁は文庫本だった。
その感触で仕出かしたことが意識としてフラッシュバックし、羞恥で死ぬんじゃないかというほど焦った。
「ご、ごめ、あ、じゃあ!!」
逃げるように教室を出、もつれそうになる足を必死に回転させた。学校を後にしてから心得を思い出した。
『な』みだは見せない
『に』んたいこそ男の真髄
『ぬ』かるな
『ね』つ意を届けろ
『の』う天を溶かせ
…忍耐が男の真髄なら、オレは男として失格なのか。あれは理性だのなんだのではなかった。気づいたらああだった、最近、美藤の前では失態ばかりだ。というかそもそもあれでは…
「脳天とかされてんのはオレだよ」
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