モテる男の『たちつけと』

『さぁ現在の1位は赤軍!それを僅差で追いかけるは青軍、そのほかはまさにどんぐりの背比べ!2軍が突っ走っているー!!!』

 マイクから流れる実況は朝から変わらず熱を持っている。むしろ熱が増しているくらいだ。

『さて、これから最終競技、男女混合4×100メートルリレーだ!こちらの競技、なんと1位は500点加算です!逆転も可能な最終戦、優勝旗はどこに輝くのか!?』

 太陽もオレンジ色に変わる頃、最後の戦いの幕が切って落とされる。

「あ、七光ななひかりくんはゴールテープもってね」

 オレはぶっちゃけ足は速くないので係りを言いつけられている。くそう、体育祭と言えばもっと輝ける行事じゃなかったのか!?

 勝手に悔しがっている間に最終競技は銃声と共に始まった。

「あ、涼香すずかちゃーん!頑張ってー!」

 反対側のゴールテープを持っている女の子が手を振る遠く先には、それに小さく返す美藤みふじの姿があった。て、アンカー!?男だらけで美しい紅一点のためとても目立っている。美藤って足速かったのか…。

『おおっと!現在1位は陸上部の笹本くんだ!バトンは速くもアンカー工藤くんに渡ったーー!』

 その後、2秒ほど遅れて2組のバトンがわたる。そのうちのひとつは我が軍の美藤のもとへと渡った。

『これは工藤くんの独走か…おおっと!?アンカーの女子が物凄い勢いで距離を詰める!工藤くんに並ぶか!?先にテープを切るのは…っ』


 パァン!


「ど、同着?」

 わあっとグラウンド全体が揺れるかのような歓声が響く。そりゃそうだ、男子だらけのアンカーで紅一点、それどころか追い付いてしまったのだから。

『えー同着の場合はなんとじゃんけんで勝者が決まるそうです!いっそ得点を分け合えば平和的ですがここはルールに習いましょう!ではみなさん、ご唱和ください!』

 ほかのリレー走者も皆この勝敗に釘付けであった。じゃんけんでこの命運が決まる、誰もが緊張感をもって大きく息を吸った。

『さーいしょは、ぐーっ!じゃーんけーんっ』




「で、どんなイカサマしたの?」

「なんのことやら。」

 結局じゃんけんは5回のあいこの末、美藤に軍配が上がった。4位だった我が軍は美藤の幸運によって僅差で優勝へと導かれたのだった。このきれいな微笑みの向こうにいったいどんな手品が仕組まれていることやら。

「ふたりとも準備大丈夫?そろそろ出ます!」

 今、オレたちは実況者がいた運営テントのうしろにある救護用テントの中にいた。オレは単にマントのようなものを肩に引っ掻けただけだが、美藤は白のワンピースのようなものを着ていた。簡単な作りだが、同じように肩にマントを掛ければめかし込んだような雰囲気になる。夜に浮かぶ炎でそれが助長されていた。

『それでは最後に共学校記念、毎年恒例の“和解の象徴”にご登場いただきましょう!』

 あ、そんな名前だったんだこれ。

 グラウンド全体から大きな歓声が上がる。拍手喝采、パチパチと音をたてる中央の炎を一周する間、オレたちは互いの手を触れあわせ、肩より少し低い位置のままでいた。もちろんそういう演出。

 絶対こんなときしか使わない3段ほどの階段のついた簡易ステージに上り、用意させていた椅子に座る。グラウンドで炎を囲む大勢の生徒から感嘆のため息がもれ、惚れ惚れとした表情が伺えた。その後、オレたちの対角の位置で校長の話が始まり皆の背中が見えていた。

「みんな見とれてたな、オレも捨てたものじゃないだろ?」

 小さく美藤に話しかけると「たわけ、ふつメンが。」と返された。

 さすがにカチンと来て、言い返そうと美藤を見ると言葉を失った。

 整った横顔はオレンジ色で揺らめき、陰影で色っぽさすら感じた。きゅっと結ばれた唇と前を見据えた瞳は凛としていて。それを簡潔に表す言葉を知らないけれど、知っている言葉でいうなら、“綺麗”だった。

「ん、なに?」

 視線に気づいた美藤がこちらを見る。動作に合わせて揺れた髪の黒がオレンジと対極でまた“綺麗”が加速する。

 黙りこむオレに美藤は不審者を見るような視線を投げ、また前を向いた。

 それでもオレは目が離せなかった。

 それは、夏に不意に上がった花火のように感動的だった。

 それは、友人が芸能人になったときのように衝撃的だった。

 目の前にある“綺麗”は、そういうものを全部詰め込んだようなものだった。

 ふと、心得を思い出した。


『た』がいのために生きよ

『ち』ゅうもくをあびてなんぼ

『つ』きがきれいですね

『て』は繋いだ者勝ち

『と』きの流れに身を任せ


 それはほんの一瞬、オレは美藤の手に自分の手を重ねていた。そして、月、と小さく思った。

「月、綺麗ですね」

 あとは時の流れに身を任せるのが心得だ。モテる男はこんなとき視線をそらすのだろう。でも反らせない。


 目の前に詰まった“綺麗”はそういう種類のものだった。

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