モテる男の『さしすせそ』

美藤みふじのことをギャフン!と言わせたいっ!あの口から本気のギャフン!が聞きたい!」

 転校してかれこれ1ヶ月、目前に体育祭が迫っているにもかかわらず、未だに彼女はいない。それどころか中途半端なモテ方で美藤にはさんざんからかわれる始末だ。

 コーヒーが口端から溢れんばかりに勢いをつけて飲み干し、空になったコップから口を離すと、ぷはっ!と呼吸が始まった。

「はっ!ひらめいた!」

 体育祭が目前に迫ったこの晩、美藤を見返す計画がこっそりと始動したことはオレだけの秘密である。


「おはよう、美藤さん!」

 いつものように爆弾スマイルを隣の美藤にお見舞いしたが真顔で「おはよー」と返すだけだった。ふん、そんなことは計算内(いつものことだから)!

 オレは鞄の中からすかさずお菓子を取り出す。ここ1ヶ月、伊達に隣に座り続けたわけではない。美藤の好きなお菓子、いつも飲んでるジュースくらいは把握している。

「美藤さん、これ、好きでしょ?あげるよ。」

 口角は30度、絶妙な微笑み加減で手渡したのは コアラのマーチだ。不思議そうな顔をしつつも美藤は受け取った。

 ふふふ、実はこのコアラのマーチには仕掛けがしてある。仕掛けとはいっても『コアラ』の部分をすべて油性ペンで『みふじ』と書き直してある。これは屈辱的なはず!『みふじのマーチ』って!くくっ、笑いをこらえろオレ!

「いただきまーす。」

 なんの躊躇いもなく『みふじのマーチ』を開封すると朝からもぐもぐと食べ始めた。どうやら美藤本人はこれに全く気づいていないらしく、鞄からお茶を取りだしケータイをいじったり教科書を整理したりしている。

「う、嘘だろ…?」

「え?」

 はっ!つい声に出してしまった!美藤の視線が刺さる。つらい!いやいや、こういうときはあの心得だ。


『さ』とうのように甘く

『し』っぱいを恐れない

『す』こしの努力とすこしの嘘

『せ』のびもときには大事

『そ』んちょうしあう


 そうだ、失敗を恐れちゃいけない!すこしの嘘だってときには必要なんだ!でもなんて弁解したら…

「なんだよ、一緒に食べるつもりだった?」

「え、あーそうそう!一緒に食べられたらな~なんて!」

 よし、美藤のアシストに乗っかる形でなんとか気づかせて恥をかかせてやろう! 差し出された『みふじのマーチ』に手を伸ばして中を探る。

「ん?あれ、奥かな。」

 なかなか出てこない『みふじのマーチ』を受け取り、ガサガサを漁るが気配がない。まさか

「入ってない…!」

 なんだこの絶望感は!恥をかかせるつもりがとんだとばっちりだ。こんな小学生染みたことをされるほど仲良くならずに転校続きだったためか、嬉しくすら感じてしまう自分が情けない。こうなったら『みふじのマーチ』で笑ってやろうじゃないか!

 ラベルの部分を見てみると、そこには確かに『みよしのマーチ』と書かれていた、付け足しを加えられて。

『ななひかりがみふじのマーチを踊ります』


「それ、捨てといて。」

 にやりと笑った美藤は勝ち誇った顔で言った。

「ちゃーんと商品名、見えるようにしてね?」

 なんてことだ、もう言い返すすべがない…。でもこれをゴミ箱に捨てるのは許せない、屈辱的だ。そんなの一生笑い者にされるじゃないか!

 すると予鈴が鳴りそれとともに担任が入ってきた。

「えー、みんなすまん、本当に急なんだが体育祭でこのクラスの男女1名ずつが代表で『アレ』をしてもらうことになった。」

 途端、クラスがわっと盛り上がる。

「え、なに?」

「あー、あんた来たばっかだから知らないか。なんか最後にキャンプファイアみたいなのするんだけど、そのときに代表の男女が席について、この学校が共学になったときの差別のない校風を表すんだって。まぁロマンチックな見た目になるから憧れられてるの。」

「なるほど。」

 美藤の長い説明によって『アレ』がなんなのかは判明した。

「で、だ。先生はなぁ、七光ななひかり美藤みふじがいいと思うんだが異論はないだろうか?」

 きゃーっと歓声が上がり、どうやら決まってしまいそうな勢いだ。ふ、この盛り上がり、オレがモテ男のイケメンであると証明しているも同然だ。

「私は、嫌です。」

 隣からは本当に嫌そうな顔をした美藤が反論していた。座っているだけなのに、なにがそんなにいやなのだろうか?

 すかさず先生が宥めにかかる。異論があれば聞くとでも言うような言い方をしていたが、どうやらそんなことはないと踏んでいたのだろう。

「まぁまぁ、なんとかそこを納得してくれ、美藤。ちゃんと内申点たーっぷり加算しとくから。」

 その言葉に急に目を色を変えて「しょうがない。」と言いきった。どうやら美藤は内申点を気にしているようだ。

「よし、じゃぁ今日はそんなに連絡ないから、ホームルームは終わろう。みんな、体育祭は頑張れよ~。」

 担任の声がこだまして教室を出たと同時にみんながあっという間に話し出した。


 このときのオレは体育祭についてそんなに深く考えてなどいなかった。むしろ自分の出場種目でかっこよくキメることしか頭にないくらいだった。

 まさか『アレ』があんなことだったとは知らず…

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