モテる男の『かきくけこ』

モテる男、七光幸輝ななひかりこうきには、心得としている五十音を頭文字とした心得がある。その心得は代々七光家に受け継がれ、現代風に少しずつ言葉を移し変えながら大事にされている。


『か』わいくおねだり

『き』よくあれ

『く』ちびるはぷるぷる

『け』んきょであれ

『こ』いの嵐を巻き起こせ


「よーし、今日も素晴らしい朝だ。」

アイロンがかけられたワイシャツに腕を通し、ネクタイを丁寧に結ぶ。たったそれだけのことを完璧にこなすことこそ、モテる男なのだ!

「あー学校行きたくね。」

しかしながらモテる男にも壁はある。それも高い壁が、だ。美藤涼香みふじすずかっ、あいつにあんなにバカにされてオレの心はズタズタだ!

朝食が喉を通らない。だがこんなことで学校を休むなんて不本意すぎる。

「しかたない、行くか。」

コーヒーは覚悟の証として胃へと直通した。


「おはよう美藤。」

「え、なんて?」

きょとんとした顔つきで美藤はオレに問いかけてきた。いや、なんてもなにもないのだが。今の文脈はなにかおかしかっただろうか?

じっと美藤の顔を見つめ、はっと思い立つ。もしやオレの爆弾スマイルがなくて物足りないのか!?たしかにさっきのは普通の微笑み、昨日のことが忘れられないのだな!

「おはよう、美藤!」

目尻にしわを寄せるように目を細め、口角は45度、爆弾スマイルをお見舞いする。

「だから、なんて?」

今度は美藤が笑顔で返してきた。くっ、やはり顔面の作りは美人だな!で、でも言葉に刺がある。悪い言葉ではないのにこんなに刺さるなんて、いったいなんだっていうんだ。

「なに呼び捨てにしてんだよ顔面普通野郎。」

チッ!と舌打ちして途端に嫌そうな顔をする。

「!?」

「美藤さん、でしょ?み、ふ、じ、さ、ん!」

いきなり呼び捨てにするなんてあり得ない、とそっぽを向いてしまった。ぷくっと頬をふらませた姿はすごく愛らしい。が、目がガチ。やり直し!というのでやり直しておく。

「おはよう、美藤さん。」

「さっきの笑顔は?」

「お、は、よ、う、み、ふ、じ、さ、ん!」

「よろしい!」

楽しそうに笑って、「おはよう七光。」と歯を見せたところには正直どきっとしてしまった。

胸ほどまでの髪が朝日に当たって柔らかそうに揺れている。あ~いつもこんな風だったらな~。

「おはよう七光くん!」

数名の女子が集まって挨拶にやってきた。まだ2日目ということもあり、クラスメイトを覚えられていないのが現状だ、こういうのはありがたい。それになりより!鼻が高い!イケメンだとつい声をかけられてしまうからなぁ!

「…イケメンだからって鼻を高くしちゃだめなんじゃない?」

「うっ!」

隣から飛んできた冷たい言葉が脇腹に刺さる。そ、そうだ、モテる男の心得50、『い』は『イケメンを鼻にかけない』!つい忘れてしまって…いや彼女たちを尊重しようとしたのだ、うん!

彼女たちが去ればまた新たな一団が挨拶にやってくる。……残念なことに男子は来ない。

「七光くんて、肌きれいだし唇もぷるっぷるなんだね!」

はっ!これはまさに心得の通り!つまり次にすべきは、『恋の嵐を巻き起こせ』!

オレはそういった彼女に爆弾スマイルを向けていう。

「きみだって、すごくきれいな髪をしてる…つい触れたくなるくらい、柔らかくて、素敵だ。」

長い髪についと触れて、彼女にウィンクをする。爆弾スマイルスペシャルウインクセット!

すると彼女はオレの前から声高めに走り出した。どうやら騒がせてしまったらしい。

「今日は…いや、今から風が強くなりそうだ。」

モテの嵐、恋の嵐、春のLOVEが舞い上がる。

「そうだね、明日から風当たり強そうだわお前。」

「なんだよお、やきもちかい美藤さん!」

美藤はため息をついて鞄からブラックサンダーを出した。

「あんたなんであの子達がすぐいなくなったのかわかんないの?」

眉をしかめながらちらりともこちらを見ずにペンケースを漁る。キュポンと油性ペンのキャップをとり、ブラックサンダーに一筆。それを手渡した。

『男子からブラックサンダー、女子から強風』

………どうやら男子からブラックサンダーがもらえるらしい。

「バカってほんと幸せだね。」

もらったので食べようと思うと裏面には、


『めっちゃ引いた』

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