第24話『 追憶への失踪 』7、綿密なる失踪
「 飯島さん? …ああ、11階に住んでた方だね。 もう、随分前に引っ越しされて行きましたよ? 」
管理人の言葉に、菊地は、がっくりと肩を落とした。 やはり、そう簡単には、問屋は卸してくれなさそうだ。
「 以前に、随分、お世話になった者なんですが… 知人から最近、この住所を聞きましてね。 そうですか… 引っ越し先は、お聞きになっていませんか? 」
葉山が尋ねると、その管理人は答えた。
「 プライベートな事は、お答え出来ませんね。 実際、私は、何も聞いていませんし 」
まあ、いつもの事だ。 おそらく、仲介業者に聞いても、同じ事を言うだろう。 それでも聞き出す手段や判明させる方法は幾つかあるが、リスクを伴う為、現段階で行動に移すのは避けた。
( さて、棚ボタの情報は行き止まり… か )
マンションを後にした葉山は、近くの公園にあったベンチに座り、思案した。
幾つかの聞き込みで得た情報の中に、1つ、気になる事がある。
『 岡島 幹吉 』という人物だ。
当初、上野からは、飯島氏の会社の会計士である、と聞いていた。
( 何で、飯島氏の両親の移転先まで紹介したのかな? 飯島氏から、頼まれたのか? それも、何かヘンだ… )
小さな疑問は、後々、案件解決への大きなキーワードに成り得る事も多い。 これと言って現在、急いでしなくてはならない業務も無かった為、葉山はベンチの背もたれに両肘を掛け、休憩も兼ねて考察を始めた。
( う~ん… もしかしたら岡島は、飯島氏の両親とは、以前から、つながりがあったのかもしれないな…… 飯島氏の両親… 飯島 宗治氏の会社経営に、当初、携わっていたんじゃないだろうか )
その流れで、宗治氏の息子… すなわち、今回の対象者だった義和氏の会社の経営にも携わったのかもしれない。 以前の依頼主から「 移転先を紹介してくれ 」と頼まれたのであれば、紹介してもおかしくない話しだ。
( そもそも、コイツ… 本当に会計士か? )
まず、認識していた事項を、全て『 疑る 』。
状況に行き詰った場合の、基本だ。
上着の内ポケットから手帳を出す、葉山。 五木から教えてもらっていた関係者の住所を確認すると、岡島という人物の住所は、先程のマンションと同じ区内にあった。
( 近いし、行ってみるか… )
聞き込み調査は、足が勝負だ。
情報が氾濫する現代社会…… 調査業界においても、その情報の入手は、データ調査が主流である。
台帳からの住所情報を扱う者、銀行関係、高熱データ、電話番号、不動産登記など、それぞれに専門があり、資金さえ用意すれば、大抵の情報が入手出来る。
しかし、直接会話から取得する情報には、必ず、データ以外の重要な無数のヒントが隠されているものだ。 こちらから聞かなくとも、相手が教えてくれたり、その表情・話し方から、状況の推移や経緯・人物像なども探る事が出来る。 犯人を捜索する刑事と同じだ。
…だが、葉山には、警察手帳はない。
現在は、バッジとなったが、刑事ドラマでもお馴染みの、あの演技… スーツの内ポケットから出し、『 警察です。 少々、お聞きしたいのですが 』とやると、大抵の人は、何でも喋る。 しかし、民間業者である探偵には、それが出来ない。 したがって、刑事より上手の会話術… 『 誘導会話 』が必要となって来るのは必然の事である。
手間は掛かるが、聞き込みによる調査に、葉山は以前から重点を置いていた。 機転を利かせ、いつ、如何なる場合でも、瞬時に整合性を持たせ、自身のシチュエーションを変化させる。 創作したその人物に、なり切るのだ。 これは、経験ではない。 センスである。
メモにあった住所に着いた葉山は、驚いた。
「 …弁護士事務所じゃないか…! 」
屋号には『 岡島 総合司法書士事務所 』とある。 会計士として経営陣に加えられていても、確かにおかしくはないが、その経緯には疑問が残る。 なぜ、弁護士なのか……?
近くにあった清涼飲料水の自販機で缶入り緑茶を買い、それを飲みながら、しばらく思案していた葉山。 飲み干した空き缶を専用の空き缶回収箱に捨てると、思い切ったように、その事務所の入り口に立った。
ガラス製の自動扉が開く。
「 お忙しいところ、すみません 」
受付、と書いたプレートが置いてあるテーブルの前に立ち、葉山は言った。
「 はい、こんにちは。 何でしょう? 」
近くの机で、パソコンを操作していた中年の女性が、応対に出た。
「 岡島 幹吉先生、いらっしゃいますでしょうか? 吉井と申します 」
「 吉井様… 面会のお約束は、頂いておりますでしょうか? 」
カウンターの上に置いてあった、予約者を記載してあると思われるノートのページをめくりながら、彼女は聞いた。
「 いえ、しておりません 」
飛び込み訪問では、まず面会してはくれない。 そんな事は承知している葉山であるが、急務を演出させる為、あえて、そのまま訪問してみたのだ。 岡島本人に面会出来れば、それに越した事はない。 だが、知りたいのは『 状況 』であり、本来の主旨とは違う観点に、葉山の狙いはあった。
「 飯島さんの件で、えらい事になってまして… 悠長に構えてる場合じゃありません。 岡島先生、いらっしゃらないのですか? 」
少し、いらついた演出をしながら、葉山は言った。 部屋の一番奥の机に座って書類を書いていた年配の男性が、葉山の言葉にペンを止め、鼻の上にずり下げた老眼鏡のフレーム越しに、じっと葉山を見つめた。
受付に出た女性は、チラッと、その男性の方を見たが、すぐに視線を葉山に戻し、言った。
「 アポを取って頂かない事には…… 」
葉山は、お構いなしに喋り始めた。
「 宗治さんに、融資した件ですがね… 『 返済義務は、そのまま、私が継続します 』と、義和さん自身から聞いてますが、連絡が取れんのですよ。 こちらの先生が、会計をされていたと聞きましてね。 どうなってるのか説明して下さい! 」
少し、語気を荒げる葉山。
「 そんな事、おっしゃられても… 個人の債務は、ご本人が、勝手に知人の方とされた事ですから、こちらでは対処出来ません。 私共と致しましても… 先月、突然、会社を閉鎖なされ、困惑しております。 事実上、会計を解任された訳ですから、もう私共には、対処する義務もありませんし…… 」
少々、言い訳がましく答える彼女。
葉山は、たたみ掛ける。
「 そんなら、宗治さんに話をさせてくれ! ドコ行っちまったんだね、宗治さんは、ああっ? 」
「 分からないんです…! コッチも困ってるんですよ、ホント 」
年配の男性が立ち上がり、すうっと、奥の部屋へ立ち去る。 …どうやら、彼が岡島本人らしい。
受付の女性が、葉山に言った。
「 とにかく、岡島は外出中です。 アポを取ってから、お越し下さい。 吉井様… でしたね? 岡島に、吉井様がお尋ねに来られた事は、お伝えしておきます 」
「 どうせ電話しても… 外出中とか、もう関係ない話しだとか言うんだろ? もういいっ…! 」
テーブルを1つ叩き、踵を返した葉山は、さっさとその事務所を出た。 道の角を曲がり、先程の自販機の陰から、そっと事務所の様子をうかがう。 …事務所の窓ガラス越しに、先程、奥の部屋に入って行った年配の男が、事務室に戻って来るのが確認出来た。 受付に出た女性と、何やら話している。 やがて彼は、どこかへ電話を掛け始めた。
その様子を、じっと観察していた葉山。
小さく呟いた。
「 あぁ~ンの、タヌキ野郎……! ドコ、電話してんだ? 宗治か? 義和か…? 」
完全な架空設定の話しを演出してみたが、状況は推察通りのようである。 受付の女性との誘導( 演出 )会話から葉山は、ある程度の状況を把握する事が出来た。 やはり岡島という人物は、飯島氏の父親 宗治氏の代から、会社の経営に関わっていたと思える。 いきなり『 宗治 』という名前を出しても、ごく自然に話しが通じる所が、その証拠だ。
では、何故、会計士ではなく、弁護士なのか……?
この辺りは依然、腑に落ちない所だが、葉山は、ある仮説を立ててみた。 先程、思いついた推測の域を増幅したものではあるが… 学者肌の宗治氏は、会社経営に不向きであり、資金のやりくりなどで、何度かトラブルを起こしていたのではないか? その際、相手が訴訟などを起こし、その弁護で出会ったのが岡島だったとすれば…… その後、何度となく、経営の相談に乗っているうち、会計的な立場で、経営に関わって来るようになったのではないか……?
あくまで、推測・仮説の域だが、それならば自然だ。 経緯の可能性は、充分にあり得る。
いずれにせよ、岡島には、個人情報を扱う職業柄、葉山と同じように、守秘義務がある。 例え、失踪先や、それにまつわる情報を知っていても、他人に教える事はないだろう。
( 岡島や、この事務所から、これ以上の情報を引き出すのは、リスクが大きいな )
葉山は、その場を離れた。 とりあえず、事務所の方角に足を進めながら思案する。
( やはり岡島は、宗治氏の代から関わりがあったか… 読みが当たったな。 …とすれば岡島は、何か知っているな。 宗治氏の居場所は当然の事、それ以外の事も… 知っているとすれば、何を……? )
葉山は、自分を、宗治氏の立場に置き換え、シミュレーションしてみた。
…気乗りしない家業を継ぎ、30数年… 息子に経営を譲渡し、その任からは開放されたものの、気が付けば、老い先短い老人になっていた。
若かりし頃、情熱を持って追い続けていた研究事が、ふと、脳裏を横切る。
忘れかけていた夢。 それを忘れようとしていた自分…… どうすれば今、夢が叶えられるのか。 何をすべきなのか……?
衣・食・住、すべてを現実的、かつ、経済的にシミュレーションする。
( ……! )
ある事に気付いた、葉山。
「 …そうか…! それなら可能だ。 やりそうな事だな…! 」
腕時計で現在時刻を確認すると、葉山は、『 ある場所 』に行く為、歩みを速めた。
「 お疲れ様。 何とか、行方調査、つながって良かったわね 」
葉山が、本部から借りている一室に戻ると、小島がやって来て言った。
「 まあね 」
小島が、イスに腰掛けながら続ける。
「 仲人の、佐伯 正人って人、聞き込みに行ったケド… 2年前に交通事故で亡くなってたわ。 宗治さんの、従兄弟に当たるらしいの。 奥さんも去年の暮れに、くも膜下出血で倒れて植物人間状態よ。 とても、失踪の情報を聞き出す余地、なかったわ。 付き添いの娘さんに、それとなく聞いたけど、何も聞いてないって。 …ソッチは、どうだった? 」
書き取りしたメモを葉山に渡す。 葉山は、それを受け取り、目を通しながらタバコに火を付けると言った。
「 あの岡島ってヤツは、知ってるな…! とんだ、食わせモンだよ 」
「 岡島…? ああ、会計士とか言う人ね? アヤシゲなの? 」
葉山は、メモを机の上に置くと、タバコの煙をふうっと出しながら答えた。
「 ああ。 正体は、弁護士だよ。 宗治氏の代から経営を補佐していたらしい 」
「 弁護士… か 」
小島は、腕組みをして言った。
「 手が出せないわね……! 守秘義務があるから、攻めても無駄ね。 司法取引でもしてみる? 」
「 コッチの取引条件がないよ。 メリットがなけりゃ、岡島は動かんだろう。 それより、これ見てよ… 」
葉山は、ポケットから1枚の紙を出すと、それを小島に見せた。
「 宗治氏の、住民票の写しだ。 役所へ行って、取って来た。 やはり、実家から住民登録の変更をしている 」
小島が、手渡された証書に、目を通しながら言った。
「 登録変更? どうして、そんな手続きが必要だったのかしら。 西町通り 3の2… か。 …あら? 7年前に、5の9に移転してる。 何? これ 」
葉山が答えた。
「 その5の9、ってのが、岡島の事務所の所在地さ……! 」
「 …は? 何それ? 何で… あっ……! 」
小島も、気付いたようである。
「 そう、年金だ…! 多分、岡島は、毎月分の年金を送金してる。 だから宗治氏は、8年間も失踪していられるんだ 」
「 ひょえぇ~…! 手が込んでるわねぇ~……! 」
あくまで推測だが、辻褄は合う。 整合性も良好。 疑問的な所も、今の所は無い。
タバコをくゆらせながら、葉山は呟くように言った。
「 若かりし頃の夢を、追いに行った… か。 これは、かなり周到に計画された失踪だ。 宗治氏の、研究再開に対する執念すら感じられるな……! 」
小島が言った。
「 どうしようか… 送金先、インターセプトしようか? 」
「 預金先をかい? …そのデータ調査は、随分と経費が掛かると思うな。 とりあえず、佐伯氏の聞き込みの報告書を作成してくれない? 」
「 分かったわ。 …でも、あと、どうする? 失踪先の情報が取れそうなトコ… もう、なさそうよ? 」
タバコを消しながら、葉山は答えた。
「 飯島氏のマンションを差し押さえた三鷹興業、ってトコに探りを入れてみるよ 」
「え~、 行くの? 気を付けてよ。 多分、ヤクザだから 」
「 …やっぱ、そう思う? 」
「 登記上は、普通の不動産屋なんだケド… 出資してる会社が、怪しいわ。 大澤さんが、ノーギャラで調べてくれたの。 業務資格の取得年も(1)だし。 …経営者は、日本人だけど、役員全員が『 李 』という名前の人よ。 マザーバンクは朝鮮銀行 」
「 楽しい情報は、1つもないのかよォ~…! 気が滅入るなあ。 電調にしようかな 」
「 そうしたら? 公衆電話からなら、バレないしね。 最近は、一般回線の184も、アテにならないから 」
「 丸太抱えて、川に浮きたくないしな。 そうするか。 ま、どんな社屋なのか、撮影するだけにしておくよ 」
飯島氏が融資を受けていたと思われる、三鷹興業……
失踪に関わる有益な情報が得られるとは思えないが、飯島氏が、何かしらの情報を話していた可能性もある。
葉山は、小型のビデオカメラをショルダーに入れると、再び、街に出た。
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