第23話『 追憶への失踪 』6、人生、十人十色

「 えらい話し、聞いちまったなあ……! 」

 エンジンキーを回しながら、葉山は言った。

「 そうね。 まさか、ご両親も失踪してるなんて…! 対象者と一緒、なんてコト、ないでしょうね? 」

 ハンドルを切り、駐車場から車を発進させながら、葉山は答えた。

「 それはないだろう。 和樹さんが家業を継いだのは、8年前だって言ってたからな。 失踪は、それと同時期ってコトは、少なくとも7年以上前ってコトになる。 対象者の飯島氏が失踪したのは、つい先月の話だ 」

 その時、小島のスマートフォンが鳴った。 着信を確かめ、電話に出る小島。

「 大澤さん? お疲れ様。 何? …えっ? 出て来たの? そう……! じゃ、ダメね。 うん… 分かった。 今から戻るわ 」

 端末をポーチに入れながら、小島は葉山に言った。

「 航空券の領収書、出て来たって…! 」

 運転しながら、葉山が聞き返す。

「 航空券の領収書? …上野さんたちが、最初に飯島氏のマンションに立ち入った際に持ち帰った資料の中からか? 」

 頷く、小島。 葉山は続けた。

「 もしかして… 上海か? 片道分? 」

「 そうよ…! 1人分の航空券を先週、買ってるの。 ホテルの宿泊は無し。 …決定的なのが、出て来ちゃったわね……! 」


 …万事休すだ…!


 遂に、上海への高飛びが、明らかになった。 状況的に見て、間違いないだろう。 現在の契約金では、上海まで行って捜索するのは無理だ。 これまでのようである。

「 …やはり、やりやがったか… くそっ! 」

 今後は、判明した事実と、積算した債務の報告書を作成するまでであろう。 五木たちへの中間報告を明日に控えていたが、結果が判明した以上、事実を伝えるしかない。

 成功報酬の望みは、無くなった……


 少々、落胆した葉山に、小島が言った。

「 債務報告だけでも、かなりの報告書になるわね… 大澤さんと、吉野君には抜けてもらって、あたしが報告書の作成をするわ。 例の喫茶店、行くんでしょ? 」

「 そうだな… 愛人である可能性が高いしね。 もしかしたら、失踪先につながる情報が掴めるかもしれないしね 」

「 今更、判明しても、意味ないわねえ… 」

「 やれるトコまでは、やるさ。 誠意、ってモンを見せなくちゃ 」

 報告によれば、大澤たちによる『 クラブ 雅 』への聞き込みは、特に情報らしきものは得られなかったと聞いている。

 残るは先程、和樹氏との会話から得た、再婚話しが出ていたという、喫茶店の女性への聞き込みだけだ。 債務積算の方は、緒方と吉野の努力により、半分以上が完了している。 小島が言った通り、彼らの協力はここまでとし、後は、葉山と小島の2人だけの稼動としなければ、人件費がかさんでしまう。

( やり甲斐のある話だったが、ここまでのようだな )

 沈んだ気持ちで葉山は、事務所へと向かった。


『 上海ですか…! あいつ、本当にトンズラしやがったのか! 』

 受話器の向こうで、五木は叫んだ。

「 海外まで行って調査するのは、至難の業ですよ。 出来ない事はありませんが、べらぼうに金が掛かります。 どうしますか? 」

 葉山が尋ねる。

『 う~ん…… 』

 考え込む、五木。

 葉山は続けた。

「 とりあえず、正確な債務を積算中です。 あと、愛人に関する情報も入手しましたので、今日、聞き込みに行って来ます。 調査としては、そこで終了ですね。 対象者の生活や業務上の経緯など、判明した事項が何点かありますので、それは報告書にて詳しくご報告致します 」

 中間報告として、依頼者である五木に、現在の状況を報告した葉山。

 業界では、今回のような結果を、『 不調 』と呼ぶ。 金銭絡みの行方調査では、よくある事だ。 今回は、行き先が判明出来ただけでも良かった方かもしれない。

 しかし、五木からは意外な言葉が返って来た。

『 葉山さん。 義和の両親を探して頂けないでしょうか? 』

「 対象者の、ご両親を… ですか? 」

『 ええ。 実は、義和の両親は… 』

「 失踪してらっしゃいますね。 7年前に 」

『 えっ? ご存知だったんですか? 』

 少々、驚いたように、五木は言った。

「 ええ。 親戚の方への聞き取り調査で 」

『 さすが、探偵さんだ。 よくそんな事、聞き出せましたねえ~ それなら、話は早い。 何とか、探し出してくれませんか? 両親は高齢だし、見つけても意味はないんですが… 私としては一言、現状を伝えて、可能であるならば少しでも債務を返済して頂きたいんです 』

 ありがたい話しだ。 確かに、両親を見つけ出しても、債務の返済は、経済的にも無理があるだろう。 しかし、せっかく調査に踏み切ったのに不調な結果では、諦めがつかない気持ちも分からなくも無い。

「 承知しました。 対象者を両親に変更して、業務を続行しましょう 」

 葉山は、続けて提案をした。

「 五木さん。 本来ならば、新たに契約を交わさなければなりません。 勿論、別料金を設定して、です。 しかし、このままで続行させて頂きます。 私も、この結果には不本意ですし 」

 いくらか、葉山が譲歩した形だ。

 五木が答えた。

『 企業努力、ってヤツですね? ありがとうございます。 成功報酬は、そのまま同じ条件で出させて頂きます。 いや… むしろ、UPさせて下さい。 調査料金400万、成功報酬60万でいかがですか? 』

 葉山は、即座に答えた。

「 有難うございます。 半金換算、70万UPですね…! 助かります。 これで新たなデータ調査が行えます。 …調査日程ですが、3週間の延長をお願い出来ますか? 」

『 構いません。 ひとつ、宜しくお願い致します 』

 受話器を置いた葉山は、タバコに火を付けると、一考した。

( さて、振り出しだぞ。 親を見つけ出せれば、成功報酬もある。 何とか見つけ出さなくては……! メンバーは、小島さんとだけでやるか。 経費の支出を最低限に押さえないとな… 失踪先が、皆目、見当つかないし )

 瀬戸内海と言っても、広島・倉敷などの中国地方なのか、それとも四国なのか… 別府だって瀬戸内だ。 和歌山も、あり得る。 まずは、失踪場所の特定だ。

( 兄の和樹さんの話に出て来た、果物屋のバアさんの所に聞き込みをかけてみるのも手だが… )

 だが、和樹氏の話によると、居場所は話さないとの事である。 おそらく情報は、何も持ってはいないと推察される。

( とりあえず、ドルフィンに行ってみるか )

 葉山は、タバコを灰皿に捨てると、上着を手に、事務所を後にした。


「 いらっしゃいませ~ 」

 入り口のドアに付いている鐘が、コロン、コロン、と鳴った。 バイトらしき若い店員が、トレイを持って葉山の前を横切る。

「 アメリカン、下さい 」

「 は~い 」

 マガジンラックにあった週刊誌を手に、5脚ほどあったカウンター席に座る。

 …やや照明を落とした、落ち着いた感じの店だ。 静かなクラシックが流れている。

「 お待たせ致しました 」

 カウンターの中にいた女性が、カップに入れたコーヒーを葉山の前に置いた。 30代前半と思える、知的な印象を受ける女性だ。 この女性が、飯島氏の愛人と思われる女性なのだろうか。

「 ごゆっくり、どうぞ… 」

 伝票を置き、奥の厨房に入ろうとしたその女性を、葉山は呼び止めた。

「 …あ、ちょっと、すみません 」

「 はい? 何でしょうか 」

「 あの… こちらに、飯島さんという方、いらっしゃっていないですか? 」

「 …… 」

 にわかに、彼女の表情が、曇った。

 何か言いたげに口ごもらせると、葉山の身なりを少し観察するようにしながら、彼女は答えた。

「 お客様は…… どちら様… でしょうか? 」

「 あ、僕、飯島さんの後輩です。 仕事で、お付き合いをさせて頂いてまして… この店によく行くって聞いていたものですから。 営業の途中、近くまで来ましてね。 先輩、いるかな? って思って… 」

 少し、彼女は表情を和らげ、答えた。

「 ああ、そうなんですか… 飯島さんは… 最近、来てませんね 」

 手元の流しにあった皿を洗いながら、彼女は更に、呟くように続けた。

「 …もう、来ないかもね… 」

 聞こえなかったふりをし、葉山は言った。

「 また出張したのかな、先輩。 あちこち、よく出掛ける人だなあ。 この前は、長野に行く、って言ってたケド? 」

 誘導会話を仕掛ける、葉山。

 寂しそうに笑いながら、ヤケぎみに、彼女は言った。

「 …海外ですよ 」

「 海外? ああ、上海ね。 いいなあ~、何回も上海、行けて。 物価が安くて、面白いそうじゃないですか。 今度、一緒に連れて行ってもらおうかな 」

 コーヒーを飲みながら、葉山は言った。

 水道の蛇口を締め、洗い終わった皿をタオルで拭きながら、彼女は答えた。

「 結婚するんですって。 向こうで…! 」

 半分、投げやりな口調。 …やはり、上海にも愛人がいたのだ。 しかも結婚するとの事。

 葉山は、トボケながら、更に演技をした。

「 へええ~っ、そりゃ、知らなかった。 でも、先輩… 付き合っている人がいる、って言ってたけど… 上海の人の事だったのかな? いや、そんなはずはないと思うケド… 」

「 遊びだったんでしょ? その人とは 」

 乾かしてあったグラスと共に、拭き終わった皿を棚に入れながら、彼女は、吐き捨てるように言った。

「 ふ~ん… そうなのか 」

「 …そうよ 」

 そう言った彼女の左手薬指に、最近、抜き取ったばかりの指輪の跡があるのを、葉山は見逃さなかった。

「 でも、その人とは再婚を考えてる、って先輩から聞いてたような気がするんだけどな 」

 もう少し、誘導会話を試みる、葉山。

「 あの人は、お金が要るのよ。 ご商売に、随分と資金がいるらしくて… 仕事上でも、都合が良い人が必要だったのね。 随分、勝手な話しよ。 野たれ死んじゃえばいいのよ、向こうで……! 」

 本音を出した感の、彼女。 本人同士でないと判らないような、かなり如実な内容である。 間違いない。 この女性が飯島氏の、かつての愛人だったようだ。 いつの間にか、会話の中で飯島氏の事を『 あの人 』と、呼んでいる。

( …これ以上の会話は、悪戯に彼女の気持ちを、不快にさせるだけだ )

 ハッキリとした証拠は無いものの、この女性が飯島氏の愛人であった事に、大体の確信を得た葉山は、話題を変えた。

「 そう言えば、先輩の実家は、製材所でしたよね。 聞いてません? …実は、僕の会社、ホームセンターなんかに資材を卸してるんですけど、工作用の木板なんかを仕入れしたいんです。 コネで安くならないかな、って思いましてね。 今日は、それを聞きたくて 」

「 ご両親は、随分と前に、家業をお兄さんに譲ったそうですよ? … 確か、西町通りに賃貸マンションを借りて、住んでるって聞いてます 」

 葉山の眉が、ピクリと動いた。

「 …西町通り? 」

「 ええ。 都会で余生を暮らすんだとか。 飯島さんの会社の… 確か、会計士の人か何かのご紹介で 」

 何でも聞いてみるもんだ。 思わぬ情報が手に入ったようである…!

 残りのコーヒーを飲み干すと、平静を装い、葉山は言った。

「 ふ~ん… 余生を都会で、か… 僕だったら、反対だな。 のんびりと、魚釣りでもして過ごしたいよ 」

「 お父様は若い頃、学者さんだったそうですよ。 何かの… 研究か何かをしたくて、大きな図書館なんかがある都会に住みたかったみたいですね。 ほら、西町通りに、NTTがありますでしょ? その隣の高層マンションですよ。 確か、11階だったと思います 」

 腕時計を見た葉山が、慌てて言った。

「 いけねっ! アポを忘れてた。 ごちそうさん。 ここに置いておくね! 」

 小銭をカウンターの上に置き、席を立つ葉山。 あとくされなく、人と別れられる、いつもの演出…

 葉山は、その足で早速、今聞いたばかりのマンションへ向かった。

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